カテゴリ:雑記( 115 )

休養中の生活


 退院後、市原市の内陸部に移り住んで一か月が経ちました。
 こっちに来てすぐ、家の前の水田では田植えが…ゆっくりと伸びた苗も風にたなびいて、水面にキラキラ反射した日光に映えて様子がきれいです。野鳥のさえずりを聞きながら、ギターの練習をしています。

 さて水田に囲まれたこの場所、移動手段はほとんどが徒歩で、最寄りの駅まで一時間半、スーパーまで40分、コンビニまで20分、ジュースの自動販売機まで5分。「近くて遠きは田舎の道、遠くて近きは男女の仲」と、寅さんが言った通り。のんびりした生活ペースに慣れると、すごく気持ち良く感じます。

 ところで、歩いていると植物が四季の変化を教えてくれます。ここのところ、私のお気に入りは下の写真…
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 明るい日中に舗装された道を歩くと、黒褐色に染まったアスファルトが…mulberry、桑の実がいたるところに。

 ところで岩手にある父の実家、納屋の狭い階段を昇ると、蚕を飼っていて、その臭いを鮮明に覚えています。幼い頃の記憶です。おそらくですが、千葉県市原市のこの辺りも、40年くらい前は養蚕に必要な桑の葉を取るために、桑の木をそこら中に植えたのかな、と思いました。

 写真の通り小さな桑の実、一粒ずつ取るのは時間が掛かります。摘み取る手もベタベタに赤紫色に染まって、二時間くらいで約1kg。とりあえず、水で洗ってから氷砂糖とホワイトリカーに漬けこみました。

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 果実酒です。

 知り合いから聞いた話、桑は実も葉も栄養価が高くて、特に血圧と血糖値の安定に良いそうです。だからと言って、美味しい果実酒は飲み過ぎ注意…mulberry tea、桑の葉茶でお茶を濁したいところです。

 そして暇さえあれば、ギターの練習そっちのけで夢中になっている桑の実摘み。果実酒を作る空き瓶もなくなったところで始めたのが…mulberry jam、桑の実のジャム作りです。

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 フードプロセッサーにかけた桑の実、それと同量の水、半分ちょっとの砂糖を鍋に。火にかけて、弱火でじっくりと煮詰めました。

 退院後に遊びに来てくれた友人のギタリスト、母国のウズベキスタンにもやはりあるそうで、子どもの頃に摘まんではよく食べたそうです。桑の木も、大昔のシルクロード(絹の道)を辿っていたのでしょうか。

 このジャム、初めて作って食べましたがすごく美味しくて、周りのみんなにも大好評。小さい頃にブルーベリージャムを初めて食べた感動を思い出しました。

 今、並べた写真を眺めていて全体的に赤紫色ばかりになってしまいましたね。五月下旬の日曜日、やや冷たい風が吹いていますが、色んな濃度の新緑が陽光に照らされて美しいです。皆さんも良い一週間を…それでは!!

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by kenya-guitar | 2018-05-20 11:44 | 雑記 | Comments(2)

自然に産まれたメロディ (2)




 これは幻聴ではない。決まった音階でメロディが奏でられている。久しぶりに身体にスゥッと溶け込んでくるこのメロディの正体はなんだろう。
 分厚いコンクリートで固められたトンネルに響く反響音。音源を眺めた先にあったのは、雨水が集められる桝であった。そこからアスファルトを抜けて、腕の太さほどの塩化ビニールのパイプが。今いる歩道から一段下がった車道へ伸びていた。1.5メートルほどか。その中を水滴がひとつ、ふたつ、ピチョン、ピチョン…滴り落ちる音。間違いなく、それぞれが違った音程を発していた。それが硬いコンクリートに反響して、全身に降りかかるようだった。ペンタトニック・スケールで奏でられていた。

 大地から海へと流れた水が、陽の光を浴びて大空へと舞い上がり、風にゆらゆらと流されて雨となって再び大地へ舞い戻る。その水の一粒一粒がこうやって勝手にメロディを奏でながら、再び海に流され…そんな循環の中で私は生かされているのだ、一瞬にしてそんな広がりが身体を巡った。

「わかってくれるかい?」

すぐそばのお社、杜から降ってくる大勢のセミの鳴き声からそんな声を感じた。

 暑い夏の数日間しか生きられないセミたちのオーケストラ、雨粒たちが奏でるメロディを、線路下、深夜のトンネルの歩道、欄干にもたれかかりながらシャワーのように浴びてしばらく時間を忘れた。

 水琴窟、と言うのか。きっと誰も気付かないままに、コンクリートに囲まれた空間の中に生まれていた。この人為的なライブハウスで、夜中に誇り高くも儚い、甘美な旋律を孤独に奏で続けていたのである。



((おわり))
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by kenya-guitar | 2016-09-27 14:44 | 雑記 | Comments(0)

自然に産まれたメロディ (1)



 何日か前に感動したこと、なんとなく人さまに伝えたくなった。

 ここ一年以上、ペンギン村にいる家族と離れて独りで暮らしている。テレビも冷蔵庫も、電子レンジもパソコンも洗濯機もない。ギターしかない部屋。駅から近くの安アパート。隣はお墓、と言うよりお寺。ギター講師の仕事をしながら、毎日いろいろな方に接して、それだけで充実している。ちなみに音響機器もない。


 仕事も終わり、千葉の繁華街にあるロックBAR、静かな平日の夜にギターを弾いていた。音階、ここ最近お気に入りの組み合わせを即興で弾いていた。自然と、どこかの国の音楽のようになる。ロックではないけれど、ウィスキーのソーダ割を飲みながら。
 カウンターの中で黙って聴いてくれているママさん、じきに店に入ってきた女の人たち。自然に会話が生まれる中、ずっと弾いていた。それでも長く居るうちに、なんとなく居たたまれなくなりギターを持って店を出た。終電で。今住む私の町へ。

 雨上がりの夜中、駅を降りると誰もいない街。ギターを駅近くの私のスタジオにそっと置いて、てくてくと。辿り着いたコンビニの前で開けたハイボール缶。繁華街の雑踏を抜けて、静寂と暗闇に自分を浸していた。濡れた舗道をギラギラ照らす街路灯は、月明かりの真下にあって。近くの神社の杜だろう、こんな夜中に蝉たちがわなないている。それはそれで良いサウンドなのかもしれない。

 ふと、高くキレイに響くメロディが聴こえてきた。なんだろう、酔狂な、迷惑だろう。こんな夜中なのに。コンビニの目の前の住宅街で誰かが楽器を練習しているんだろうか。

 思わず歩き始めた。コンビニ前の信号をハイボール缶片手に。まるで二十代の頃に聴いたトリニダードドバゴのスティールパンのような音色、それが奏でる美しいメロディが徐々にボリュームを上げながら耳にふくらんでくる。

 不思議なことに、総武線下をトンネルのように抜ける道路、その歩道に入ってから、そのメロディは一層音量を上げていく。エコーもより深く。車は一台も通っていない。道を照らす蛍光灯に重苦しさは全くなく、住宅街を外れていく。すぐそこの大きな神社の傍を抜けるトンネルは大雨の時には冠水して、今いる一段上がった歩道、酔いの回った頭でも幻聴じゃあないよな、自分を確かめながらただ歩いていた。



((つづく))
 
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by kenya-guitar | 2016-08-21 01:27 | 雑記 | Comments(0)

悲しい夫婦



「生まれはどちらなんですか?」

 一年以上ぶりに髪を切るため飛び込んだ初めての美容室。鏡の前に座る私は声をかけられて目を開いた。鏡の中には三十分前と違う髪型の私がいる。いやぁ、世田谷なんですが、父母はもともと東北の出身で、しかも千葉のほうが長いし…見馴れない髪型、ずっと静かにしていたため発した言葉もどこかたどたどしい。美容師の方は修正するように髪の毛を切ってくれている。

「世田谷は私も長い間住みましたけれど、良い場所ですよねえ」

なんてことは無い会話が膨らみ、この歳になると自然に囲まれた場所に住みたい、という私の結論に達した。最近お気に入りの場所は、小高い丘に畑が広がる古い集落。ハクビシンや野ウサギもいるし、野鳥もたくさん。静寂に包まれているようで、賑やかだ。一生そこに暮らしたいとも思う。

「野鳥、って言えばハクチョウがいるの知っていますか?」

ペンギン村から花見川沿い、上流に向かって五kmほどの町、まだ新しい橋が架かっている。瑞穂橋。そこにつがいのコブハクチョウが仲良く住んでいるのは知っていた。昨年の夏から、雪降る冬まで、通るたびに場違いなその夫婦を気にして眺めていた。

「最近、一羽消えたらしくて、ハスノハナ区役所に電話で問い合わせた方がいたんです。どうしたんだと思います?」

ずいぶん暇な人間がいたものだ、でもオレも暇な類の人種だよな、とか内心考えながら、ハクチョウに聞いてくれって言われたんじゃあないですか、と返す。美容師の方は鏡越しに髪の毛を梳かしてくれている。

「それが…」

つがいの片方、一羽のコブハクチョウが近くを走る高速道路の車道に飛来して不時着。大渋滞が起こったらしい。そうなると管轄は道路公団なのか、が捕獲して、どこか遠い場所に放してしまった、と。待ちわびる妻と帰れぬ夫、もしくは待ちわびる夫と帰れぬ妻、のコブハクチョウ。いずれにしても、そのシチュエーションは悲しすぎる。自宅は花見川瑞穂橋の橋の下、の芦原だ。そうでしたか…私は他に何も返す言葉が出せなかった。

 今現在、瑞穂橋にいるコブハクチョウは一羽だけ、だそうだ。だとしたら、その夫婦に私は何をしてあげられるのだろう。明日から、橋の欄干に幸せの黄色いハンカチを一枚ずつ結び付けようか、とも思う。いつか“健さん”ハクチョウが無事に戻ってくる日を祈って。
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by kenya-guitar | 2016-04-13 22:11 | 雑記 | Comments(0)

新しいシーズン



 四月初旬の週末、ペンギン村駅近くの芝生公園は花見客で賑わっている。まだ明るい夕方、穏やかな晴れの日中よりもやや肌寒い。1kmくらい先の浜辺から流れてくる風が桜の木を撫でては花弁を一枚、また一枚と落として芝の上に散っている。花弁が舞う向こう側ではゴザを敷いた上に若い父母が歓談していて、その向こうにいる子どもたちは皆、楽しそうにボールを転がして遊んでいた。時折、甲高い笑い声がキャッキャと耳に飛び込んできた。ギター講師の仕事も終えた私はそこからやや離れたベンチにひとりで座る。近所のスーパーで買った缶ビールを開けると乾いた音が。少し飲んでから、梶井基次郎の『桜の樹の下には』をふと思い出した。得体の知れない憂鬱、だったか。
 さっきとは別の男の子たち三人がフリスビーを目の前で始める。風に揺られて浮遊する円盤をしばらく眺めていた。一羽のカラスも芝の上に着地する時に黒い翼に風をたっぷりとつかんでいた。

 明るい内のビールは美味いが、酔いの回りも速い。何も考えることなく、ただその公園の風景にしばらく身を委ねていた。この中に溶け込んでいる気はするものの、決して透明人間になっている訳ではないのだろう、と。久しぶりのフロート感で、目の前にある大画面で流れる平和な映像をぼんやり観ている、そんな時間だった。現実味は無いけれども、平和なのは確かな様子だ。

 タバコを一本、煙を眼で追うと、空を這っている雲が視界に入った。キャンバスの上に荒く硬い刷毛で擦ったような雲、上空でも高い層のそれを背景に、低い層では塊になったいくつかの雲が海風に煽られている。うすいねずみ色がゆっくりと流れている。ゆっくりゆっくり、形を変えながら。
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by kenya-guitar | 2016-04-12 15:50 | 雑記 | Comments(0)

小雨降る2月の日に


「実は主人が去年、亡くなったんですよ…」

60代半ばだろうか、女性は食堂のテーブルを布巾で拭きながら呟くなり、力なくうつむいた。いつから働いていらっしゃるんですか、と私が訊ねたすぐ後の答え。今日みたいな冷たい雨が降る日、精神疾患の方々を就労支援するNPO法人での会話。私はそこで気分障害を抱える方々に、やる気を促せるようギターを教えている。

 先ほどの女性、テーブルの上の手の動きがやや緩慢になると共に、眼鏡がくもった。こういう施設での仕事は、ボランティアに近い上、身体的・気持ち的な疲労も大きい。それでも、ご主人が亡くなってからも女性は気丈に続けたのだろう。
「君みたいな人間でも戴ける仕事なんだから、有り難いんだよ、頑張りなよ…って、主人が言ってくれたから」
最早、私も彼女を直視できなかった。うつむきながら、ただうなずいた。

「被害者は加害者で、加害者は被害者で」
昨日話をしたあるカウンセラーの言葉。ある悩みも、実は前の世代から受け継いだものの反発が起因していて、それを周囲にしてしまう。そして、それを知った自分を責めてまた悩み。だったと思う。
 そういう意味では、さきほどの女性は辛い状況ながらも人様を支えることによって、自らを癒して。ただそれを実直に続けて、一言で健気(けなげ)さを感じた。それを一人一人がバトンタッチしていくことでしか、世の中は変わらないんだ、と思う。

 我が家の近所、葉っぱを全て落とした銀杏の古木、寒々しいのだが今日の午前中に10分くらい立ち止まって眺めていたのを思い出した。

 さて…私も今日やれることをやろうか。
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by kenya-guitar | 2016-02-22 17:13 | 雑記 | Comments(0)

久々に観たテレビ

 数週間前の話、かなり久々にテレビを観た。Macの長尺のCM、否、映像作品を食い入るように見つめた。ただ引き込まれた。

 こうだ。

 アフリカ系アメリカ人の若い娘、今は亡き父親が生前、自宅に送った手紙とSP盤を偶然、部屋から見つけ出して眺め、当時の父親に思いを馳せる。インターネット通話も、携帯すらない時代、自分の母親へ送った手紙と肉声、同封されたのは軍服をまとった若き日の父親の笑顔、モノクロ写真。年老いた母親の絶望と孤独に満ちた表情がクローズアップされる。それでも家族を想い、心配しないでくれ、と歌った声がただ流れた。no more tears,no more fears…私だったらそう歌うだろう。

 娘はその母親の背中をそっと見つめて、ギターを一心不乱に弾き始める。今まで弾いた事のないギター、を使って。歌いながら表現し始めた。自分の部屋で、どこかの階段で、路上で歩きながら…母親を哀しみを想いつつ悩みながら。

 そして、それをタブレット端末にある録音機能で重ね合わせ、一枚のCDにした。今は亡き自分の父親が当時の母親を想いながら歌った声と、初めて弾いたギターの音と声、美しいハーモニーを作って重ね合わせた。音楽の中に溶け合う想いは、時間軸を超えて、母親へのサプライズのプレゼント。

 それを聴いた母親はただ泣いた。

 極度に発達したテクノロジーは、人々のそういうイマジネーション、思いやりを支えるためにあって欲しい。ただシンプルに。それを映像化しただけだ。きっと時間も言語も、国境も、イデオロギーだって飛び越えられる。

 観た後に私も泣いた。自宅の天井を見つめて。

 その父親は、出征して亡くなったのか…否、違う。誰を傷つけることなく、祖国にただ帰国したはずだ。その願いは、自宅の天井を突き抜けて欲しい。その願いだけが残った夜だった。

 今日の夕方、仕事から帰宅した妻と二人、自転車に乗ってきれいな薄赤紫の夕焼けを眺めた。買い物に行って、眼を細めたような三日月から滴るような、赤い星もオリオン座も。「こんなもの、本当は無料だよ」とか、言いながら。毎日、無料で全世界配信されているのだ。美味い夕食を家族のために作って、昭和ひと桁生まれの義父と、二十一世紀生まれの子供たちとみんなで食卓を囲み。美味い酒飲んで、皿洗いしてから、千葉界隈の酒場でギターも弾けた。私も精神疾患で隔離病棟に入った時期もあった…でも、既に有難いのだ。いろいろな方にお会いできた。

 ただそれだけです。明日も穏やかな気持ちで…。
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by kenya-guitar | 2015-03-26 04:05 | 雑記 | Comments(0)

black eyes blue

Oh, I never should've trusted you. [Repeat x4]

https://www.youtube.com/watch?v=HNOR36mPtbk
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by kenya-guitar | 2015-02-26 09:14 | 雑記 | Comments(0)

タイムトンネルを発見…(1)

衝撃の事実…ついに

タイムトンネルを発見




 と書かれたスポーツ紙をキオスクで見て興奮し、勢い余って手にして開くと

                                            …か!?

 の文字が…「えっ!?俺がワープしちゃったの?もうすぐバイトが始まる時間なのにぃ(汗)」。と、キオスク前でたじろぐ私。店番をする老練の女性がしゃがれた声

「はい…140円です…」

 やられた…慌ててポケットから小銭をまさぐり出して渡し、急いでバイトの始業時間に間に合ったものの、着替えのロッカーに当日のそれを忘れて次の日、憤懣やる方なくバイト帰りの電車で眺める。特に、プロレス記事を…というのは若い頃によく経験した。

 前振りがターザン山本並みに長くなってしまったのだが、実は…ペンギン村にタイムトンネルを発見した。だが、これをタイムトンネルと捉えるかどうかはこのblogを読んで頂いている皆さん次第で…。

 何度も話している通り、私の住むペンギン村は東京湾岸、海を埋め立てて造成された40才過ぎくらいの街。小学校時代に育ったのは、ここよりやや東京寄りだ。もちろん、埋め立て。宮台真司先生風に言えば、幻の郊外、と言うヤツで、似たような年齢層、似たような所得層、似たような車種に乗り、皆一様に似たようなファッション、核家族…とにかく相似というよりも合同に近く、似たものが多い。私がこちらに転校してくる前に過ごした町の記憶からすると、違和感があった。

 ではペンギン村の内陸部は、と言うと、エヴァーグリーンな町。
<その辺りは『彩り、光、そしてお社…』 『青い鳥、エヴァーグリーンな町』を読んでください>

 散歩する際、以前は海に向かって歩いた。暑くても寒くても、ただ風や波の音を感じてペンギンヶ浜に沿って歩くと、海鳥の啼く声、その日によっては透きとおった青空にたゆたう雲も眺められる。ただ最近、なんとなく不思議と内陸の方に向かって歩く。親しい詩人の言葉を借りるとすると、歪んだ空間と時間との結節点、が、どこにあるのかを確かめたいからなのだろう。
 単純に言えば野鳥観察が好きなため、春の香り、梅の花に戯れるメジロや、悠々と舞うゴイサギ、誇り高くただ遠くを見つめるツグミ、渋格好良いジョウビタキの姿を拝みたい。浜辺で潮風に打たれるよりも…それだけだ。


((つづく))
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by kenya-guitar | 2015-02-24 01:16 | 雑記 | Comments(0)

かみさま、おしゃかさま…

 朝早めに起きて、風呂を温め直す。昨夜、義父を筆頭に家族が浸かった湯舟はさして汚れてもいない。ゆっくり浸かった後、風呂場中よく掃除した。そして夕方、妻や子供達が帰宅してまた湯舟に湯を満たし、次の朝また私が同じ事をする。すっきりとさっぱりと、綺麗に風呂が使えているのは、家族間でその生活の循環がイメージとして可視化されているからであり、そこから本当の思いやりや感謝が生まれるのだろう。だから私のような無生産階級に近い人間の居場所も生まれる。

「あんたはね…屋根とあたしがいることに感謝しなさい!!」
「これ以上、あんたを許していたらね…あたしゃ、神様かお釈迦様よ!!」

 仰る通り、かみさん、じゃなくお釈迦様。

 話は逸れたが、風呂上がり玄関を出て空を見上げた。柔らかい陽光、透きとおった水色の空、雲がゆったりと流れるのを感じながら、煙草の煙をすうっと吐いた。短い時間で消えてはまたすぐに浮かぶ煙草の煙。長い時間をかけて消えてはまた浮かぶ雲。川は雨になって海に流れ、再び雨雪になって大地を潤して、長い年月をかけ土の中を彷徨って、きれいな水として湧き、生命を潤す。嵐の日もあるだろうが…。だけど、さっき話した循環が世界にただ広がりゃ良いだろ…思わず、俯いた。

 外部リンクに貼ってある田口ランディ先生のブログ。それでだいじょうぶ…ただそれだけで。ぜひ読んでください。
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by kenya-guitar | 2015-02-19 12:52 | 雑記 | Comments(0)


ギタリスト鈴木健也の雑記帳


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