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百貫デブ(5)

〈裏腹(名・形動)〉うらおもてが反対であること。不一致。

私は背中で犬のおじさんと吠える豆柴達の気配を感じていながらも、海の方、川崎の工業地帯の光を見つめてやり過ごしていた。さっき火を点けたばかりの煙草が徐々に短くなっていくのとは裏腹に、時間の流れは早く感じる。波の音ははゆったりと同じリズムで流れていた。喉の渇きを覚えてベンチの前のテーブルに置かれたコンビニ袋をまさぐる。さっき開けたばかりのポケットボトルからウイスキーを口に含んでから、どれくらい飲んだか確かめた。あと半分は残っている。その時、足音を立てて犬のおじさんが近づいてきた。

ワンワン、ワン、ワンワン、ワンワン…

足音が東屋を横切るのを耳で辿った方を見上げると、犬のおじさんは海の方を向いて立っていた。私の座るベンチから三メートル程の場所。サンバイザーから長めの白髪、後ろで束ねている。ここまで来ると犬達は吠えるのを止めて大人しく座っている。静かな時間が戻った今は、波の音しか聞こえない。私はさっきと同じ方向、川崎の工業地帯の煙突に付けられた強い光、時折瞬いては夜空を一筋の帯の光で照らす浦安辺りのサーチライトを眺めながら煙草を揉み消し、吸い殻をコンビニ袋の中に放り込んだ。いつもの事で別に意識するでもなくやってはいたが、さっきからちらっちらっと犬のおじさんが私の行動を観察しようとしている視線は何となく気になっていた。

「今夜は花火をやるバカ共はいねえようだな…あぁぁ?」

一瞬、声を掛けられたかと思って犬のおじさんの方を向いたが、さっきのまま海の方を向いている。私に話し掛けていないとしたら一体どうしたのだろう。かと言って、犬のおじさんから私に対して積極的に話し掛けられる事もない様にそれとなくそちらの方を注視する。出来るなら私は静かに一人でウイスキーを飲んでいたい。心地よい酩酊をずっと持続させたいのだ。犬のおじさんは浜辺に立つ簡素な白い看板を指差しながら喋っている。

「お前ら、あの看板を見てみろ。ここはバーベキューも花火も禁止なんだ。なのにここでやっているバカ共がたくさんいる。あぁぁ?最近は本当にバカが増えた。バカ以下のクズ共だ。この間、テレビ見てたら眼鏡の若い芸人…福島出身だって言ってたな。あぁぁ?そいつが、頭悪いバカって分かって良いじゃないですか、だってよ。ふざけんな!あぁぁ?俺がガキの頃は馬鹿って言われるくらい正直者でも良いだとか馬鹿って言われるくらい野球や勉強に熱中しろとは言われたけど、誰もバカになれとは言わねえ。そんなもんなろうと思ってなるもんじゃねえんだ。バカはバカだ。なのに今時の奴らときたら若いのも年取ったのもモラルもくそもねえバカばっかりだ。死んでくれ、って言うのももったいねえくらいのバカが増えた。あぁぁ?バカなタレントが持て囃されるクソみてえなクイズ番組ばっかり見て、バカだからみんなに相手にされると思っているアホが町中に増え過ぎた。あぁぁ?」


(つづく…)
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by kenya-guitar | 2012-03-31 17:47 | 小説 | Comments(0)

百貫デブ(4)

〈東屋(名)〉屋根をふいただけで、壁のない小屋。

「ヨウスケ!昨日も言ったのにまだ分からないのか!」

私はその光景から意識を逸らそうと海の方向、東京湾の夜景に集中しようとするのだが、三匹の豆柴が吠える声はあまりにうるさい。しかも犬のおじさんの怒鳴っていた声は次第に懇願へと変わっていく。

「頼むよ…なぁ…分かるだろ!」

どうか目が合いませんように、そう思いつつ恐い物見たさで私は再度振り向いた。私の座るベンチから十メートルはない東屋の庇ぎりぎりの所、犬のおじさんは背中を向けて立っていた。右手には缶ビール、左手は三匹の豆柴に繋がれ小さめのコンビニ袋を提げている、きっと次に飲むアルコールが入っているのだろう。痩せた身体、ジーンズにいつものジャンパー、サンバイザーを被っている後ろ姿が街灯に照らされている。

「ちくしょう!!」

力任せ大振りに、右手で持っていた缶を東屋の脇にあるゴミ箱に投げつけた。が、カーンと乾いた音と共に縁に当たった缶はゴミ箱から二メートルくらい離れた場所に飛んでいった。吠えたてる三匹の豆柴に引っ張られながらもゴミ箱に入らなかった缶を拾おうとする犬のおじさん。街灯に映し出された横顔は皺だらけの険しい表情、恨めしげな眼をしていた。すると、私の視線に気付いた様子で目が合ってしまった。ぼぉっと人の顔を見てるんじゃないの、幼い頃、母に手を引いて連れて行ってもらった記憶、近所の大きな神社の夏の祭りだったと思う。その風景を何故か一瞬思い出して引き込まれていた。が、機嫌の悪い犬のおじさんと視線が合ってしまっている、その今ある現実に急に引き戻された私は慌てて姿勢を元に戻して海の方を向いた。わざとらしく、犬のおじさんには映ったであろうが、私は急に思い出して右手の指先で挟んでいた煙草を唇に運んで煙を吸い込む。寄せては返すで波は一定のリズムを奏でていた。

(つづく…)
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by kenya-guitar | 2012-03-30 14:08 | 小説 | Comments(0)

百貫デブ(3)

〈喚く(動)〉大声を出して、いろいろのことをさわがしく言う。

今夜は海辺でじっと座って酒を飲むには割と暖かい上、風も穏やかに凪いでいた。六月にしては珍しく雲は疎らで星が見える。オリオン座は何処にあるのか無意識に探してしまい、星座と言えばオリオン座しか知らない自分が情けなくなるのをウイスキーのボトルを煽ってごまかした。
ところで以前、あるミュージシャンがメヌエル症を克服した話を聞いた。三半規管が正常に働かなくなってしまうその病気、原因は解らないらしい。そのミュージシャンは演奏をしばらく休んで一人で磯釣りに没頭したそうだ。波の出す周波数が良かったんですかね、その時期を振り返ってテレビからそう呟いていた。翻って私の病、統合失調症の陰性症状は、陽性症状発症期に止まる事なく流れ続けたドーパミンが欠乏する状態になる事で起こるらしい。インターネットで知った情報だ。毎日毎日、酒浸りになるしかその絶望と苦しみから逃れられない。近所の海辺でこうやって寄せては返す波の音を聞く事によって何らかの効果がある事を密かに期待していたのだった。
その時、足音がしたため俯いていた顔を上げて陸側を振り向く。犬のおじさん、と呼んでいる男性が飼い犬の豆柴三匹を連れて、私の座っている東屋の隅に立っていた。近所に住む六十代らしきその男性は長い白髪を後ろで束ねた髪型、私と同様に周り近所の人々から゛素人゛扱いされてなかった。朝夕問わず見掛ける時は常に犬を連れての散歩の途中で、歩きながら煙草と缶ビールを片手に一杯やっている。溺愛する程の愛犬家によくある事だが、その豆柴に対してよく独り言とも会話とも取れない内容を大声で喚いていた。私同様に自宅から歩いてこの浜にほぼ毎日やって来る様で、よく見掛けるのだった。私は視線を元に戻す。煙草に火を点け海に向かって大きく煙を吐いた。その時だった。

「バカ野郎!!ヨウスケ!そっちじゃねえって言ってんだろ!!」

その声の方向、つまり犬のおじさんの方を振り向くと、犬のおじさんは一匹の豆柴の腹を思い切り蹴飛ばしている。

ザッ、ザッ、ギャンギャン、ギャン…ヒィー、ワンワンワン、ワンワン…

ヨウスケと呼ばれた犬、蹴飛ばされた犬は一瞬砂だらけのアスファルトの上に仰向けの状態で倒れ込んだがまた姿勢を立て直した。ギャンギャン、ヒィー、とヨウスケが呻く声、他の二匹が怯えながら吠える声と波の音が混ざり合って夜の浜辺に響き渡っている。
私は見てはいけないものを見てしまった様な気分になってしまい、意図的に目を逸らした。犬のおじさんはまだ何かを喚き散らしている。犬達は吠えまくっていた。

(つづく…)
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by kenya-guitar | 2012-03-28 21:46 | 小説 | Comments(0)

百貫デブ(2)

〈いかつい(形)〉いかめしい。ごつごつしている。

夕食後に皿洗いをさっさと終わらせる。ここまで私に割り当てられた仕事だった。それをやらなければ家庭にいる存在意義が無い、のだそうだ。グラスの中には氷が溶けて透き通った琥珀色の液体が…夕方開封したウイスキーの瓶は既に四分目、もちろん酩酊感は持続している。居間で団欒する家族がテレビに没頭している中をすり抜け、私は逃げる様に玄関を出た。
季節は六月初旬、海からの湿った風は生温いが、暑いと言うにはまだ早い。海沿いに走る幹線道路から直角に北上していく広めの二車線道路、自宅の前の道を海へと歩いて行った。街路樹のヤマモモの木の下はヤマモモの実が散乱したのを踏み付けられてアスファルトの上に血がべっとり流れている様に見える。それが等間隔で歩道にずっと続いていた。先ずは歩いて我が家の最寄りのコンビニへ…物資を調達しなければならない。ウイスキーの小瓶と、500mlペットボトル入りミネラルウォーターを二本ずつで千円弱。今夜もまたですか、海辺に近い場末感漂うそのコンビニの店員、足繁く通う内に仲良くなったその彼は呆れた様に話しかけてきた。私はにやけながら黙って頷いて店を出た。向かう先は我が家の近所の浜辺だった。

時刻は21:00過ぎ、平日の真っ暗な浜辺に人気は無かった。東京湾に流れ込む河口付近のフラットな地形、サイクリングコースになっているため、時折ジョギングする人の姿が。声が聞こえる、と思って振り向くと大概スポーツウェア姿のオバチャン二、三人が横一列でぺちゃくちゃ喋りながら歩いている。もしくはこの地域にやたら多い中国人だった。私は自転車を停めて、ビニル袋片手に浜辺の東屋へ向かう。コの字型になったベンチの決まった場所に腰を下ろした。180°東京湾が一望出来るその場所、西側は東京スカイツリー、その左に池袋、新宿副都心、ディズニーランド、葛西臨海公園の観覧車、お台場、川崎、小さな赤いネオンは横浜、川崎の工場地帯がその手前に見える。そして東京湾アクアラインを伝って湾を横断して海ほたる、木更津、無機質でいかつい市原の工場地帯、高い煙突がたくさん見える左には溶鉱炉か火力発電所、そして蘇我の鉄鋼所と続いていた。
真っ暗な中、街灯の微かな光をたよりにコンビニのビニル袋をまさぐった私は、ウィスキーの小瓶を取り出し栓を開け一口含んだ。もう慣れ切ってはいるが潮風のせいだろう、口の中の塩分がアルコールに溶け出した雑味を感じ、ペットボトルのミネラルウォーターで胃袋に流し込む。ポケットから煙草を取り出して火を点けた。


(つづく…)
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by kenya-guitar | 2012-03-19 13:42 | 小説 | Comments(0)

百貫デブ(1)

〈悲壮(形動)〉①悲しい出来事の中で立派にふるまうようす。②困難や悲しみにあって、心をふるいおこすようす。

一週間前に体重計に乗った。体重計に乗る事が半年以上無く無頓着だったが、以前計った時と同じく102kgをキープしていた。我が家のバネ計りの体重計自体100kgまでしか目盛りが無いから、100kg以上はどこまで信頼出来るかは分からない。大体100kgを超えるとリセットされて、また0kgから始まる。太っている自覚すらなく、能天気に気分もリセットしていた。それでも四年前は79kgくらいだったから、四年の間に23kgは太った事になる。
以前もblogに書いたが統合失調症陰性症状(鬱)の時には相当食べた。大概、昼前にもそもそ起きてきて炊飯器に残っている白飯を三合ほどをうどんを食べる時に使う丼に盛り、前日の残っているおかずとキムチ、マヨネーズてんこ盛りにタバスコをふんだんにかけたものと共に食べる。そして体を温めるためにカップヌードル、やはりタバスコをふんだんにかけて。刺激を求めていた。鬱の時期やたらに歯が痛かったのは、億劫なので歯磨きしないで寝る事も多く虫歯が悪化したからだ。だから食べる時には飲み込む様に急いで食べた。小学生の時に「よく噛んで食べなさい」なんて言われたのは忘れていた。
その後、一休みする。鬱の時によくなるらしいが、自分は何故生まれてきたか、何故生きているのか、ああでも無いこうでも無い、とどうでも良い事を考えるのを自室のソファの上で寝転んで考える。食後に寝転んでいると牛になってしまう、否いっそのことなった方が今よりましだ、などと考えている内にうとうとと眠る。悪夢に魘され気付くと17:00頃だった。台所に降りて冷蔵庫を開けておもむろに缶ビールを取り出して開栓する。煙草を燻らしながらさっき見た悪夢の嫌な感情を追って、あれは何だったろうかと整理しながらぼぉっとしていると妻が帰宅した。買い物の時間だ。
近所のショッピングセンターで買い物をして帰宅してから夕飯を作る。これだけはやらないと屋根の下に住んでいられなくなる。家庭へのせめてもの償い、事態は切迫していたが、ウイスキーのロックを飲みながら料理する私の姿に悲壮さは微塵も感じられないだろう。私は病人だ。
そんなこんなで夕食の時間になった。家族揃ってみんなで食べる食卓、私の前にはウイスキーの瓶が置かれている。さっき開封したばかりだというのに既に半分程空いていた。今日学校で先生がね、などと娘が今日あった出来事を話すのを聞きながら私は黙々と酒を飲んでいた。白飯を食べず、テーブルの上に並んだおかずをちょこっとずつつまんで食べるのは胃袋の中に酒がたっぷり入る余地を残しておきたいからだ。酒をやめた時に気付いたのは、酒を飲んで食事を楽しむ、たしなみたいから酒を飲んでいたのではない。酩酊した気分をいつまでも持続させたいから飲んでいたのだ。

(つづく…)
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by kenya-guitar | 2012-03-15 13:20 | 小説 | Comments(0)


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