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九月の演奏予定

あっという間に八月も終わり私は焦っています。六月に漬けた赤梅漬けをまだ土用干ししていないからです。本来ならば八月中旬、お盆の頃、かんかん照りの日を見計らって三日連続で梅漬けを干さなければならないのですが、既に秋の風が吹いています。個人的には真夏日がもう少し続いて欲しい今日この頃です。
食欲の秋、創作の秋…音楽も新しい事にもチャレンジしたくなる季節、お近くにお越しの際は是非とも立ち寄ってください。

9/5(月) 千葉みなと clipper 19:30~ チップ制
鈴木健也(gt.)佐藤ヒロコ(p.)
ギターとピアノの静かなデュオ。いつもジャムセッションでお世話になっているクリッパー、楽しみです。ジム・ホールの曲などを演奏します。

9/9(金) 新千葉 moon blossom 19:30~ チップ制
鈴木健也(gt.)加藤晃司(wb.)
ギターとベースのデュオ。初めて演奏させて頂くお店ですが、「月の花」名前が好きです。スタンダードを多めに演奏しますが、どうなるかはお楽しみです。

9/16(金) 小岩 Back in Time 20:00~ ¥1,500-
鈴木健也(gt.)加藤晃司(wb.)鈴木雄二(ds.)
私の自作曲をたっぷりやるトリオ、この三人では初のライブです。私がかねてから提唱している『jazzと精神疾患の融合』摩訶不思議な音響空間を楽しみに来てください。
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by kenya-guitar | 2011-08-29 19:35 | スケジュール | Comments(0)

私の夏フェス日記 2

〈恐縮(名・自・形動)〉おそれいること

「遅いですよ…五時から始まっているのに何やっているんですか」
稲浜ショップの駐車場はいつもと違って、祭りを楽しむ大勢のお客さん達で賑わっている。到着してからすぐに、露店で生ビールを販売している商店会長の酒屋さんに挨拶すると、少し怒られてしまった。ひっきりなしにビールを買いにやって来るお客さん達を捌くのに大わらわだ。恐縮しきりの私は慌ててギターとアンプを準備する。午後六時も小半時を回ろうという頃、薄暗い空に赤や黄色の提灯が映えて見える。
ビールケースと薄いベニヤ板で出来たステージには、親子連れ、子供達が座っていた。フランクフルトや焼き鳥などを入れた容器が端っこを占拠した状態。大丈夫でしょうか、どきましょうか、と遠慮がちに言う子供達の父親だが私はそのまま居てもらって構わない旨伝えた。他に座って飲食する場所も無さそうだ。私は100kgの体重でベニヤ板を割らない様にそぉっと舞台に上がり、パイプ椅子に座る。
「ケンヤ…まずビールを飲んで良いか?」
切羽詰まった状況の中でも、GRAHAMは相変わらずだった。サックスを準備したのを見て、いいよ、快く返事をするとすたすたと酒屋さんの元へ。良くも悪くも彼には彼のペースがあるのを知っていた。

おもむろに静かなバラードをソロギターで弾き始めると、ステージに座る子供達も何が始まったのか、と興味深く聴いてくれている。他のお客さん達も段々と集まって来る。脇でビールを飲んでいたGRAHAMもサックスを持ってステージに上がって来た。いつも買い物をしている商店の人達はイカや焼き鳥を焼いたりしながら、時折演奏を気にしてくれていた。ふと見ると、友人や小学校の時の同級生が子供を連れて来てくれている。子供達も楽しそうに拍手をくれる。GRAHAMも調子良く演奏している。予報に反して、天気も何とか持ちこたえてくれた。野外で演奏する時に一番気になるのはやはり天候だ。秋を感じさせる風も吹いている。
終わってみれば、良かったですよ、と酒屋さんに感謝された。夏の終わりの夕べ、普段、生活で使っている空間が音楽で充たされ、それを聴いてくれる人達がいる。しかも、私が日頃お世話になっている仲の良い近所の人達。みんな笑顔だ。綺麗な花に囲まれながら生きている様な実感があって、すごく幸せな気持ちになれた。

先週の土曜日、足を止めて私達の演奏を聴いてくださった方々、どうもありがとうございました。
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by kenya-guitar | 2011-08-29 12:27 | 演奏日記 | Comments(0)

梨畑での出会い

〈蕾(名)〉①花がつぼんでまだひらかないもの。②まだ一人前にならない、とし(の人)。


どしゃ降りの中、国道を東京方面に進んで行く。総武線沿いに走るその道、金曜日の夕方は特に混雑するのは知っていたが昨日は天気も相まって尚更であった。フロントガラスに流れてくる雨を掻き出すのに中々ワイパーが追いつかない。視界の中で赤く光る前の車のテイルランプを追って道筋を作り出し、車間距離を少し長めに保ちながら無事に渋滞を脱け出た。
小岩駅近くのライブカフェBack in Timeまでの道のり、久々のソロギターでの演奏を前にして私はある事をずっと考えていた。病床に臥している知人についてだ。

ギターが好きなその知人と出会ったのは三年前、私が精神病院を退院した後に働かさせてもらっていた梨農家、ちょうど花芽、蕾が膨らんだ季節、三月下旬だったと思う。今、その時の事を話す時に、私がもの凄い汚臭を放っていたと知人は言う。それもそのはず、私は風呂に入る事が殆ど無かった。入りたくなかったのである。鬱を患っている人と話すとよく入浴について話題になるが、風呂に入るのがとにかく辛い。「ボクは二週間に一回」「私は一ヶ月前に入った」という具合。私は酒を諦めて体調が良くなり四ヶ月…と言う事は、毎日入浴する様になって四ヶ月、なのである。
話が逸れてしまったが、統合失調症陰性症状(鬱)が重かった時期、その知人はほぼ毎日私と向き合ってくれた。体調も良くなり酒を諦める心境になったのも、その方の助言に因るところが大きい。あの時、梨畑で出会っていなかったとしたら…私は小岩で、人前でギターを弾いていなかっただろう。そこに見えない糸を感じられるかどうか、些細な出来事かもしれないがそれが感じられるかどうかが人生にとって重要なのだと気付かせてくれた。枯れかかった草木に水をやる様に、私と向き合う知人は相当な労力を要したに違いない。

昨夜の演奏は私のそんな思いを何とか形にしようとして、ここ一月あまりの間過ごしてきた結果です。あいにくの天候の中でしたが、お越し頂きましてどうもありがとうございました。
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by kenya-guitar | 2011-08-27 11:25 | 演奏日記 | Comments(0)

夏の終わりに

〈稲穂(名)〉イネのほ。いなぼ。

木更津のかずさアカデミアパークに行った先週に引き続き、一昨日の日曜日もまた館山道君津インターで高速を下りた。旅行するにはあいにくの曇り空、標高は低い千葉の山々ではあるが霧がかかっている。房総半島の南部、鴨川の周辺は早場米が収穫できる季節、八月の下旬で稲を刈り取るのだと言う。それを聞いて、鴨川市の大山千枚田に行ってみることにした。
長狭街道を保田方面にずんずん進んで行くと、水田が多くなっていくのに気付く。青々としていると言うよりは、稲穂が黄色く実って黄緑がかっている。長狭米の産地だそうだ。『大山千枚田』の看板を見付け、蛇行した山道を入ると切り開かれた場所があり、そこに駐車した。他に駐車しているのを見ると、東京や神奈川からの車も目立つ。
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見晴らしが良いその場所からの夏の終わりの景色は実に爽快で、濃いものから淡いもの、黄色がかったもの…パレットに散りばめられた様に多様な緑が目に飛び込んでくる。餌を探しているのだろう、ツバメが地表すれすれに舞い、コサギも飛んでいた。低い山々の頂には、シーツをフワッとかぶせた様にして霧がかかっていたが、幸いにして私がいた時間は雨に降られなかった。
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その後、鴨川市内陸部を後にして海岸部の方へ移動した。今度は色とりどりのブルーが広がる。降りそうで降らない天気、波は割りに穏やかでサーフィンを楽しむ人達もいた。波の音を聞きながら、何も考えずにぼぉっとその時間を過ごした。
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by kenya-guitar | 2011-08-24 14:41 | 雑記 | Comments(0)

よく行く場所

〈牧歌的(形動)〉牧歌のように素朴で叙情的なようす

悩める若者達のためのNPO法人、私がギター講師として月に二回通っている市川の住宅街には四季折々、彩り豊かな花が咲いている。今の季節だとサルスベリのどぎつい紅色の他は、節電の影響もあってかゴーヤ、朝顔などだ。軒先に張られた漁網を蔦が伸びて良い日除けになっている。昨日は道を歩いていて、黄色いハイビスカスの花を見掛けた。オレンジに近い赤いハイビスカスは今までお目にかかった事があるが、黄色は初めてだろう。この暑さで歩いている人は殆どいない道端で、存在感たっぷりだった。

ところで、ここに来ると必ず入る食堂がある。ネパール料理屋だ。始まりが午後一という事もあり、そこで昼食を取って仕事場に向かう。注文するのはいつも同じで゛ネパール・タリ・セット゛。主に野菜や豆がスパイスに合わせてカレーや炒め物になってタリ(お盆)の上に乗っている。隣の国、インド料理に比べてスパイスがきつくなく食べやすいと思う。肉(鶏か羊)は少ない。メニューを見ると、他にはチャウミン(麺)やモモ(饅頭)など、中国文化圏に影響された食習慣もあるようだ。店内にはイチロー選手の写っているビールのポスターの他に、サイババの顔写真が飾ってある。もちろん、類にもれずネパールとインドの国旗と地図も。ネパールの国旗は日本の観光地で売られる土産物のペナントの様で、面白い形をしている。
ネパール人の店主に店で流れている音楽について訊ねると、ネパールの音楽をかけてくれた。インドの音楽とは明らかに違い、以前聴いたベトナムのものと雰囲気が似ていた。牧歌的でいて、どことなく長閑なアジアの農村を連想させる。

また来るよ…会計を済ませて店を後にすると、店主は屈託ない笑顔で送り出してくれた。
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by kenya-guitar | 2011-08-19 13:49 | 雑記 | Comments(2)

アブラゼミが鳴いている

〈厳か(形動)〉いかめしくて近寄りにくいようす。いかめしいようす。

終戦記念日の一昨日の話ではあるが、日頃から親しくして頂いている知人のお見舞いに行ってきた。柏にある国立病院、広い敷地内に緩和ケア病棟もあり、その前にはよく手入れされている庭園が広がっていた。入院後、だいぶ体調の良くなった知人と二人でその庭園を散歩した。
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空調の効いた病棟を出るドアを開くと、熱気と共に蝉の大合唱が我々を迎えてくれた。
「この夏の感じ…今年初めてだなぁ」
呟く知人の視線の先、クスノキやソメイヨシノなどの幹には蝉の脱け殻がびっしり。今朝生まれたばかりなのだろうか。点滴のカートを片手で押しながら刈り込まれた芝生の中の小路を歩いて行くと藤棚が日陰を作るベンチを見つけた。この暑さもあり、庭には我々の他は作業をしている庭師しかいない。藤棚の下はそよ風も入ってくるので、日向よりもぐっと涼しく感じられる。売店で買ったアイスコーヒーを飲みながら三十分ほどそこで談笑した。

私も以前演奏でしばしば訪れたが、緩和ケア病棟には何とも言い様の無い張りつめた静寂が漂っている。人間なら誰しも通り得る場所だが、切迫した感じの一般病棟とは全く違って厳かな雰囲気だ。そこも窓は閉めきられていて、カーテンの隙間から見える談話室らしき場所には綺麗に飾られた調度品があった。人気はない。一般社会の中では彼岸に最も近い場所、と言えるかもしれない。その病棟を前にして知人は私に朗らかに語っていた。自身も癌を告知されて治療する中、死を覚悟したそうだが、人生観が変わったそうである。私は何も言えずにただ黙って相槌を打ちながら耳を傾けていた。

帰り道、車中でカーステレオのEric Dolphyのサックスを耳で追っていた。夕方の国道16号は上りも下りも混んでいる。病中ではあるが、その知人は新しい人生観を手にして意気揚々としている。後ろ向きではないその気持ち、きっと病気療養にとって良い方向に働く、そう確信した。
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by kenya-guitar | 2011-08-17 16:19 | 雑記 | Comments(0)

今宵、月を眺めに

〈余韻(名)〉①あとに残るひびき。②あとに残るおもむき・味わい。

精神疾患の薬が切れるのを離脱症状と言うらしい。演奏が終わった後のふらふら感は軽い脳震盪を起こした様で、何かに集中しようとしても覚束ない。夕食後に皿を洗い終えてからいつもの様に近所のコンビニの前で一人、ボォッとしてその症状をやり過ごしていると友人がやって来た。一昨日の夜は満月、近所の浜辺に出掛けてビールを飲む約束をしていたのだ。
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お盆休み、夜の浜辺は海からの風が少し強かった。若者達がラジカセか何かでけたたましく音楽を鳴らしながら花火をやっている中、私達二人は東屋の屋根の下、ベンチに腰掛けてその風景を静かに眺めていた。
「最近、どうだい?」
私の陰性症状(鬱)が重かった頃に知り合った彼は、復調してきた私の病状を素直に喜んでくれる。コンビニで買ってきた胡椒の利いたサラミを食べながら飲む冷たいビール、その缶には海からの湿った空気がまとわり着いて水滴にまみれていた。
彼の歳は私の一つ上だから自身を取り巻く現実、それに対処する際に感じる事など、今現在の私が抱えている事と似ている。四十代を前にして世の中の大勢の人が考えている現実が具体的に見えてきて面白い年頃だと思う。
「おっ!?花火だ!」
地響きの様な低い炸裂音を感じて夜空を見回した私達は、すぐ近くのスタジアムで上がる大きな花火にしばらくの間見入っていた。何かのロックフェスをやっているらしい。浜辺ではそれを尻目に打ち上げ花火をやっている者もいたが、比べてみると話にならないくらいの陳腐なものに見えてくる。三分くらいだったろうか…最後に一際大きな花火が打ち上げられると、夜空を再び静寂が支配する。その時に感じる空虚感…燃え尽きた感じ、とでも言うのだろうか。誰にも話し掛けられたくない程の孤独な余韻が花火の醍醐味なのだろうか。またしばらく経つと、浜辺ではロケット花火を打ち上げる輩が大勢いた。その余韻、存在感の大きい沈黙に抗う小さな悪あがきのような。
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by kenya-guitar | 2011-08-16 16:27 | 雑記 | Comments(0)

私の夏フェス日記

〈縁日(名)〉神や仏を供養してまつりをおこなう日。

お盆休みの日曜日、渋滞を脱け出して館山道君津インターで高速道路を出る。一般道は片側一車線の狭い山道、対向車を気にしながらずんずん進んで行くと、見晴らしの良い場所に出た。山を切り開いて作られたのだろうか。上総アカデミアパーク…研究所やホテル、ホールが集まった施設らしい。初めてやって来た。今日はここで開催されている『アート・クラフト縁日2011』の会場でソロギターを演奏したのだ。
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到着して関係者の方々にご挨拶、ステージを下見してから会場を一通り見て回った。皮革、木工、鉄、陶芸など四十五の作家さん達が集ってブースで作品を展示販売している。千葉県内だけでなく神奈川や都内からの出展も目立つ。焼きそばやかき氷も売られ、子供のいる家族連れの入場者が大勢いた。有料ではあるが、作家さんの指導の元に体験で色々と作らせてもらえる。和やかな空気が会場に流れていた。
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そしてステージはこんな雰囲気。房総半島はハワイアン人口が高いのだろうか…私の他はフラダンス付きのハワイアンバンドが多かった。ステージのすぐ横にはウクレレ(ハワイの工房)のブースもある。ゆったりした音楽、ご年配の皆さんも椅子に座り休日のひと時を楽しんでいた。
ところで今日は広い会場という事で、普段使っているドイツ製のアンプから外部出力で音を出した。これが不具合も全く無く、かなり良い音であるのは思わぬ新発見だった。

今日はお盆休みの友人と近所の浜辺で夜を過ごすつもりだが、今日の出来事を語りながら静かに余韻に浸りたいと思う。

今日、足を止めて私の演奏を聴いて頂いた方々、どうもありがとうございました。
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by kenya-guitar | 2011-08-14 17:23 | 演奏日記 | Comments(0)

光と戯れる

〈繁華街(名)〉人通りが多く賑やかな街。

午前一時過ぎ、西船橋のJAZZ BARから帰宅途中、海岸沿いの幹線道路を車で走っていた。ラジオからはU2の懐かしい曲が流れて、東京湾の真上には真ん丸い月が浮かんでいる。信号待ちの間フロントガラスを大きく眺めてみると、探照灯だろうか。トラックのテールランプや信号、街路灯の動かない光に交じり、一筋の光が海浜幕張の高層ビル群の手前を横切っては消えてを周期的に繰り返していた。私は車をゆっくり発進させて、ハンドルを握り締めながらその光を目で追う。寝静まった深夜の街をゆっくりと照らしては、こっちにおいでよ、と星の瞬く空へと誘うかの様に動く光。地表近く、明るさが濃くなった先にある光源は近いのが何となく分かった。

酒に酔いしれて笑う者、青ざめた顔で道端に座り込む女、焦燥感を露に客引きをする黒服の男達。終電も無くなり諦めの表情を色濃くして、煙草を燻らす勤め人はネクタイを弛めていた。狭い路地の身体にまとわり着いて離そうとしないアンモニアと嘔吐物の臭い…土曜日へと日付の変わった深夜の繁華街のヒリヒリする空気。一定の周期で消えては現れるその光とただ戯れていると、競馬場に近いその街にいた夜を忘れさせてくれた。

スタジアムを通り過ぎようとする時に、その探照灯の出所が分かった。球場前の入り口には複雑なジャングルジムの様な造形物が組まれていて、そこにあるライトが眩しい光を放っていた。その周りにはサーカス小屋を小さくした屋台が設営されている。明日…つまりは今日だが、何かしらのイベントが開催されるのだろう。日常を忘れさせる一時を提供する空間、この球場が繁華街になるのだ。
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by kenya-guitar | 2011-08-13 16:29 | 雑記 | Comments(0)

don't let me be loneley tonight

〈謳歌(名・他)〉(そのことを、声をそろえて)ほめたたえること。
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先週まで真夏にしては肩透かしの陽気だったのもあってか、私は気分的にあまり乗らない日が続いていた。二週間ほどの間、何となく鬱々としていたのだ。夜になると国道や幹線道路沿いのリサイクルショップに車で行っては、中古で売られている小説やCDを漁って毎日やり過ごしていた。それらの中で塵山の中に煌めく一点の宝石の様なCDを見つけた。゛銀色の声゛JAMES TAYLORの初期のアルバム、しかも紙ジャケットのリマスター音源。世間の流れに疎いので全く知らなかったのだが、昨年初頭にCAROLE KINGと二人で来日するのに合わせて発売されたらしい。新品同様の品、迷わず即決して三枚購入した。『sweet baby James』『mud slide slim and the blue horizon』『one man dog』どれも1970年代の作品だが四十年経った今でも色褪せないメロディの数々である。逡巡を振り切って、ギターを弾く事で得られる自由をただ謳歌する喜びがひしひしと伝わってくる。昔、津田沼にあったロックBARでよく聴いたアルバム。ソロギターで弾いてみたい曲もあり、新たな創作意欲も湧いてくる買い物だった。

ところで、先週の金曜日だったろうか、台風が日本列島から遠ざかって行ったのと同時に、いつも見ている空の表情がガラリと変わった。チェリオのきつめの炭酸飲料を買って、すぐ近所の海辺まで出掛けた。爽快感はこういう日にたっぷりと味わっておきたかったからだ。
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午後五時過ぎ、花見川の河口に架かる橋、東京湾が見渡せるその場所にはいつもよりも多くの人が海を眺めていた。海風は適度に凪いでいて、それほど湿った感じではない。blue horizon…雲は触れられるくらいの距離にまで脹らみ、遠くを眺めると地平線の向こうまで届きそうな気分になる。
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by kenya-guitar | 2011-08-11 17:41 | 雑記 | Comments(0)


ギタリスト鈴木健也の雑記帳


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