カテゴリ:小説( 62 )

 『 〇☓国の物語 』




  『 〇☓国の物語 』


 遠い遠い昔の話、〇☓国の物語。

 この国では十八歳の成人式、子どもたちを船に乗せて大海原に放り出して旅をさせます。

 一つの船は「〇号」、子どものころから〇だけ教え込まれた子どもたち。もう一つの船は「☓号」、子どものころから☓だけ教え込まれた子どもたち。それぞれの船に乗って一週間、生まれて初めての船旅をするのでした。


 あいにくの天気でしたが、出発の朝は〇☓国の港。

「大丈夫かなあ…」
「私は小さい頃から、ずっと〇しかしていないから、きっと帰れるわ」
「オレだって!もう大人だ!ずっと☓一筋だから帰れるに決まっている!」

ちょっぴりの不安の中、それぞれの子供たちは、お父ちゃん、お母ちゃん、兄弟、姉妹、お爺ちゃん、お婆ちゃんから見守られています。

「えっへん、えっへん。諸君、ガンバりたまえ!!」

〇☓国の王様はチョビひげで誇らしそうに子どもたちに声を掛けると、「〇」「☓」それぞれの旗を掲げた二隻の船は港を出発します。夜明けと共に、帆にたっぷりの風を受けながら。


 一日目、順風満帆。
 二日目、晴れ時々雨。
 三日目、曇り。
 そして四日目、とうとう嵐がやってきました。


 港から遠く離れた海、真っ暗な空の下で波が激しく大きくなっては全てを呑み込もうとしています。

 「〇号」の子どもたちは、幼いころから徹底的に教え込まれた「〇」だけを純粋に守って、荒れ狂う海の上で船を必死に守ります。
 「☓号」の子どもたちも同様。小さいころから習ってきた「☓」の教えだけを健気に守って、船を港に戻そうと必死です。


 それでは港では、と言うと。

 海が嵐になった、と知ったお父ちゃん、お母ちゃんが喧々囂々の大騒ぎ。

「オラの息子は、ずっど〇だけ教えてきたから!帰ってくるのは絶対に〇号だ!」
「あんたのトコと違って、ウチの娘は☓だけ教えてきました。ですから…ですから、☓号が戻って帰るに決まっています」
「いいえ、〇号に決まっていますわ!」
「なんだと!ぜったいに☓号だ!」

 それから一日経ち、二日経ち、二隻の船が帰らない港は次第にドヨ~ンと。淀んだ空気が流れていました。大人たちが子どもたちのために、と一所懸命太い木を切り倒して作った船のマストもあの嵐では…。ひょっとしたら、座礁して船もろとも海の中に…。お父ちゃん、お母ちゃんの頭をよぎるのは不安ばかりです。
 それでも、人生経験豊富な◯☓国の長老は

「心配するな。オラの子供のころには嵐があってもたくさんの子どもたちが港に帰ってきた。信じれば良い。ただ、子どもたちを信じれば良い。オラたちの育てた子どもたちだ」

うつむいては悲しい顔のお父ちゃん、お母ちゃんたちの肩を、長老たちとお爺ちゃん、お婆ちゃんたちは一緒に叩いて回って励まします。お母ちゃんたちの目には、うっすらと涙が浮かんでいました。


 五日目、船は帰ってきません。
 六日目、やっぱり船は帰ってきません。
 七日目、帰ってくる予定の日にも二隻の船は姿を現しませんでした。


 不安はますます募るばかり。王様は気が気ではありません。

「えっへん、えっへん。どうなっておるのじゃ!!港で一晩中、寝ないで見張りを続けるのじゃ!!」

そうは言われても、見張り番の人夫だって嵐の日から寝ないで子どもたちの帰りを待っています。

「はい!王様!」

元気よく、それでも内心は渋々と人夫は返事をしたのでした。



 そして、八日目の雲一つない晴れた朝。望遠鏡をのぞいた見張り番の人夫が大声を上げました。

「なんだ!?ひょっとしたら子どもたちの二隻の船か?」

伝令の人夫は大慌て。王様のところに駆けつけると、王様は大慌てで飛び起きます。これまた大慌ての家来に準備をさせて、真っ白い馬にまたがって港に駆けつけます。たくさんの家来も引き連れてきました。

 遠く離れて見える海の上の小さな点、次第に大きくなるころには、心配で心配でいっぱいのお父ちゃん、お母ちゃんたちが港に溢れかえっていました。ソーセージ売りのおじさんもいます。

「ソーセージはいらんかね~。ソーセージはいらんかね~」

 見張り番の人夫が、また大きい声を上げました。

「なんだ!?あの旗は!?」

 王様だって不安で不安でいっぱい。

「だからなんだ?帰ってきた船の旗は?「〇」なのかね?「☓」なのかね?」

 見張り番の人夫はおどおどと答えます。

「恐れながら、船の旗は「〇☓」です!!」

「えっ?なんだって!?」

 王様は目をまん丸くしてびっくりです。


 実は、「〇」を教えても「☓」を教えても、どうにもならない子どもたちの船「〇☓号」も出発の日の前日、長老たちの手によってひそかに港を出ていたのです。
 長老たちの手によって送られたその「〇☓号」が、それぞれ「〇」だけ「☓」だけを教え込まれた子どもたちの船をピンチから救ったのです。だって偏りなく「〇」「☓」両方のことを知っているから。先頭の「〇☓号」に太いロープで曳かれる「〇号」「☓号」、それぞれの船は助け合うことも覚えて、誇らしげ。「〇☓」「〇」「☓」それぞれの旗を海風になびかせながら港にだんだんと近づいてくるたび、港は歓喜に包まれます。

「オラたちの子どもたちが帰ってきた!!」
「やっぱり、〇☓国の子どもたちだ!!」
「ソーセージはいらんかね~。ソーセージはいらんかね~」

 お母ちゃんたちは目に大粒の涙を浮かべて、手を取り合いながら大喜び。王様も誇らしげです。

「えっへん、えっへん。さすが〇☓国のワシの子どもたちじゃ!!子どもたちには、ほうびをくれてやろう!」



 それでは国の長老たち、お爺ちゃん、お婆ちゃんたちは、と言うと。

「ふぉっふぉっふぉつ…やっぱりな。ワシらの子どものころと、おんなじじゃのぉ…」

深いシワでいっぱいの顔をほころばせながら、人でいっぱいの港を後にした、とさ。



((おしまい))



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by kenya-guitar | 2015-12-14 17:49 | 小説 | Comments(1)

稲毛海岸のフチ子(∞⇔0⇔∞)

私が日ごろお世話になっている方々、特に故Mr.S.A.とPr.O.K.に感謝のこころを。

それと同じように、本来、人が尊重すべき直感を与えてくださったTK先生、run day先生に…。

この物語はフィクションです。埋め立ての千葉市美浜区にある新興住宅地、ペンギン村、とは架空の設定です。それでも、夢の場面だけはノンフィクション(私が夢で見たもののドキュメント)です。




https://soundcloud.com/kenya-guitar



上記の空間上にて、冷たい涙を明日から一滴(ひとしずく)ずつ…ぽたり、ぽたり。録音後、未発表の曲を…全て一発録音。


是非、聴いてください。
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by kenya-guitar | 2014-12-16 02:01 | 小説 | Comments(0)

稲毛海岸のフチ子(38)

〈仄か(形動)〉ほんのわずかだけ・(かすかに)感じられるようす。

「まっさーじ…まっさーじ、どう?三千円」

突拍子もなく飛び込んできた。「まっさーじ」「どう」「三千円」…三つを変換して文字におこそうとするも、階段を降りていた時に考えていたメイヤの記号の様な絵が「まっさーじ」「どう」「三千円」に変わろうとする。それらが決してメイヤの描いた絵と同一のものではない思いが湧きあがる。それも次第に、同一にならないでくれ、という思いに…ふと名前を聞きたくなった。

「名前…なんて言うの?」
「んっ?あけみ…あけみよ。まっさーじ、三千円、どう?」

「そうか…」

女が答えた後、数秒考える、が、これ以上の会話を続けるのは諦めた。ギターを持つ手に力を入れて歩きだす。堅い木製のベンチシートに寝ていたからと言って、別にマッサージして欲しい訳でもなく。この手合いに引っ掛かって身ぐるみ剥がされ、パンツ一枚で転がされるのはご免だ。まっさーじ、三千円、まっさーじ、おにいさん…私の背中に女が声をただ投げている。

電車の始発まで後何分だろうか。新聞を配達するバイクが行き交うこともなく、ひと気もない繁華街。路肩に停まるタクシーの列も消えて、広めの路を車が流れる量も少しは増えただろうか。ネオン看板の光もところどころ欠けている。

私は歩道の縁石にしゃがみ込んで、朝の仄かな躍動感をぼんやりと浴びていた。



((おわり))

長い文章にお付き合い頂きましてありがとうございました。
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by kenya-guitar | 2014-12-13 09:52 | 小説 | Comments(1)

稲毛海岸のフチ子(37)

〈無力(名・形動)〉①(からだに)力がないようす。②権力・勢力・資力などがないようす。

重い鉄の扉を開いて三階建ての古い雑居ビル、ギターを片手、吹き抜けの階段を降りる時にカツーン、カツーンと屋上の塔屋まで響く足音に脱力する。今夜はもう店を閉める、と言うママさん…仕方ない。私も演奏を終えて、あろうことか酩酊したまま睡眠してしまった。悪夢を見たは良かったが、だらしなくベンチシートに寝そべって穴の開いた靴下を晒す醜態まで…グラスを割ったのも、店員の彼氏ではなくうめき声を上げた私のせいかもしれない。

あの時はどうだったんだろうか…ふとメイヤの描いた絵を頭の中で掘り起こそうとして、しかしそれも具体的に思い出せず。ヨウイチがペンギン公園の暗闇の中を走っている姿も浮かび上がっては消えて。

相変わらず「なにもできていない」自分を責めるような思いがあり「なにもできない」のではなく「なにもしない」ということだろうと、これまたいじわるな自分が言い、その通りだなとうなだれる自分がおり…階段を降りる乾いた靴音を脳内に響かせながら、分裂したままの自分にただ打ちひしがれていた。カツーン、カツーンとだけ空虚に響いている。私は無力だ。それどころか非力で、だからこそ…そんなハーモニーを生み出して推進させようとする原動力すら置き去りにしている自分は何なんだろうか、と責めた。それすら機械に任せて無限にループする循環、メヴィウスの輪っかの中でただ生きている。惰性的な連続性。


一階のビル入口から外に出ると、明け方の繁華街、どこかでカラスが啼いていた。何羽いるんだろうか。飲食店専門のゴミ収集業者の作業トラックがエンジン音を立てて目の前を通り過ぎる。排気ガスの臭いを感じながら、まだ薄暗がりの空をしばらく見上げた。

「おにいさん、まっさーじ…どうですか?」

中国人の女だ。瞬時に分かった。空から水平に視線を戻して女を見る。旧ペンギンショッピングセンターで聞いていた訛りだった。


((つづく))
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by kenya-guitar | 2014-12-13 01:28 | 小説 | Comments(0)

稲毛海岸のフチ子(36)

〈残像(名)〉(心)ものを見た後に、みじかいあいだ残る感覚。

視界に飛び込んできたママさんの顔は拡大して収縮したところで再び徐々に拡大する。驚いた表情、開いた口に右手をあてて大きく目を開いていた。心臓はばくばくとうねり、胸元にひんやりしたものを感じて見てみると汗が、赤いTシャツに大きく染みを作っている。と同時に、ここはどこだろう、自分は何をしているんだっけ、と意識の振り子を整えようとしながら聴こえてきたのは古いロックブルースで、この曲のタイトルは…と考えている内に、ママさんが喋り出した。

「ケンヤ君、大丈夫?変なうめき声で…」

バッチャーン…

途中まで話しかけて、ママさんの表情が鋭角的に引き攣る。グラスの割れる音、失礼しました、店員の乾いた声、この間、店に入ったばかりの二十代半ばの男の声だ。
それより暑い。私は慌てて懐をまさぐりながら、何か飲みものを探す。出来れば水、それも冷えたやつを飲みたかったのだが、上半身を無理な姿勢で起こして、目の前のテーブルを見回してもあるのは半分まで飲みかけたビールのジョッキと数本の吸い殻の入った灰皿。それと煙草とライター。透き通った水の入ったグラスはどこにも見当たらず、それと同時に身体中まさぐって見つけようとしている物がどこのポケットにも入っていないのに気付いた。それ以前に断薬していた事を思い出して、長年こびり着いた習慣を改めて思い知らされた。時間の経ったビールの臭いがした。

「ケンヤ君、大丈夫?変なうめき声上げて…なんか叫んでたよ?」

さっきよりは落ち着いた表情のママさん。眉が若干、ハの字になっている。すいません、私も呼吸を整えようと閉じた両目を手の平で拭って、再び横たわった。天井を見上げる。縦長の店の真ん中、ステージから離れたところにあるベンチシート。店の中にいる客は片手で指折り数えるくらいだろう。声が少ない。

まただ…退院後の睡眠障害は入院前のそれとは違ったもので、その時から始まったのか。それで…この悪夢が死ぬまで続くのだろうか。

「ふっふっふ…しかも靴下に穴開いてるし」

いたずらっぽい笑みを残して、ママさんは向こうに行ってしまった。確かに、足の裏側の一点だけすうっと冷たい。はぁ、大きく息を吐き出しながら、さっき見ていた悪夢の残像を追おうとするが、思い出せないのを無理矢理掘り起こすのも嫌になり、胸元のひんやりをただ感じてベンチシートに身体全部を預けていた。木製の堅いベンチシートに。


((つづく))
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by kenya-guitar | 2014-12-12 11:29 | 小説 | Comments(0)

稲毛海岸のフチ子(35)

〈視覚(名)〉(生)①目で見たときに起こる感覚。②物を見る、神経の働き。

「ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…」
「ケンヤ…絶対に。悪魔に魂、売っちゃ駄目だからな」
「ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…」



















「ウギャ…Ц▼£…§Ξ±…Ψ■βう…ぅxxxっぅ…うがぁtt!!!!」
















いつも見ている顔、ママさんが茫然と視線を真っ直ぐに向けているのを視覚的に認識した。繁華街で月一回だけ演奏させてもらっているロックBARのママさん。いきなり飛び込んできた、そんな感じだった。



((つづく))
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by kenya-guitar | 2014-12-12 01:40 | 小説 | Comments(0)

稲毛海岸のフチ子(34)

〈轟音(名)〉はげしい(とどろくような)音。

相変わらずジャズスタンダードは流れている。テーマが終わると自由即興は始まらずにまたテーマ、そしてテーマが終わると自由即興は始まらずにまたテーマ、そしてテーマが終わると…自由即興は始まらずにまたテーマ、を延々と繰り返す。ヴォリュームだけは次第に上がっている。さっきの女達は嬉々としてステージ上にわらわらと駆け上がってはコブタさんの、否、豚の顔の丸焼きになったコブタさんの顔を剥がしてステージを嬉しそうに降りて私の傍をすり抜け…振り向くと消えていた。エレピの音量はいつの間にか轟音として渦巻き、演奏するコブタさんはけらけら笑っている。どうですか、お金になるメロディを聴いて、この音量の中で叫んだ口を見てみると歯が全く無い。それだけではなく…さっきまで剥がれてはいたが丸々太って肉付きの良かった豚の顔が。こんがりと焼かれていた豚の顔が…。轟音の渦巻く中、自分まで剥がし落されるのを必死で堪えながらステージの前で立ち尽くしている。

ノグチさんが目の前、今にも殴り掛かってきそうな剣幕で私の胸ぐらを掴み叫んだ。

「ケンヤ…絶対に。悪魔に魂、売っちゃ駄目だからな」

ケンヤ、ケンヤ、ケンヤ…ただ揺さぶられている。苦しい、頼むから首をそんなに締めないでくれ。手を離してくれ。

鼓膜が引きちぎれるかのような大音量。またテーマが終わり、再びテーマは繰り返され…苦しい。ステージに駆け上がる女達。そのテーマが終わり、再びテーマが繰り返され…頼むから首を締めないでくれ。そのテーマが終わり、再びテーマが繰り返され…手を離してくれ。そのテーマが終わり、再び…苦しい。何回繰り返されたのか。胸ぐらを掴まれた自分の目じりに伝う冷たいもの、苦痛に抗いながらもステージを見る。演奏するコブタさんの、否、豚の顔の丸焼きになったコブタさんの顔はいつの間にか骸骨に変わっていた。亡霊が鍵盤の前で座っていて、最早、音楽とも言えない大音量の雑音だ。それがぐるぐる渦を巻いている。


「ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…」
「ケンヤ…絶対に。悪魔に魂、売っちゃ駄目だからな」
「ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…」
「ケンヤ…絶対に。悪魔に魂、売っちゃ駄目だからな」
「ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…」
「ケンヤ…絶対に。悪魔に魂、売っちゃ駄目だからな」
「ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…」
「ケンヤ…絶対に。悪魔に魂、売っちゃ駄目だからな」
「ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…」
「ケンヤ…絶対に。悪魔に魂、売っちゃ駄目だからな」
「ケンヤ…ケンヤ…ケンヤ君…」


((つづく))
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by kenya-guitar | 2014-12-11 22:15 | 小説 | Comments(0)

稲毛海岸のフチ子(33)

〈しなだれる(自)〉(=しなってたれる)(女が)自分のからだの重みを相手にあずけるような形で、寄りそう。(=しなだれかかる)

繁華街にて…(3)

今、この無国籍料理屋の中には誰もいない。さっきまでそこのテーブルの上にあった豚の顔の丸焼きもなくなってしまった。

コブタさん、と呼ばれていたその男はステージに上がるや、エレピの前に座って演奏し始める。さっきまでアンソニーが弾いていたFender Rhodes、でっぷりとしたコブタさんの腹が鍵盤につかえそうだ。何を弾くか、固唾を飲んで見守っていると、ジャズスタンダード、聴いた事のあるメロディだがタイトルを中々思い出せない。左手でちょっとしたベースラインとコードを弾きながら、右手でメロディ…シンコペイトもアンティシペイトもない。どうだ、と言わんばかりの表情のコブタさん。何か違和感を覚えて、もう一度よく聴いてみると、F#のチューニングが合っていない。が、分かってか執拗に繰り返されるF#の音にも次第に馴れてくる。
テーマが終わり即興へ…期待したが、またテーマが繰り返された。そして二度目のテーマが終わり即興へ…また期待は外れ、テーマを繰り返す。ここにくるとF#のチューニングに不快を感じる。ミニマルミュージック、と言うよりは壊れたラジオから繰り返される何か、に思えてくる。

「どうですか、みなさん?これがお金になるメロディですよ…ハッハッハッハ」

演奏しながら、大きな口を開けて笑うコブタさん。よく見てみると、ところどころ歯が抜け落ちている、そう思っていた瞬間、数人の女達がステージに駆け上がった。さっき豚の顔の丸焼きの置かれたテーブルを囲んでいた女達だ。ステージ上、演奏中のコブタさんを囲んで、しなだれかかかっては艶めかしく顔を撫で回している。うっとりとした表情のコブタさん。女達はそれぞれ満足したのだろうか、ぱらぱらとステージを降りて私に一瞥もくれず、ただ突っ立ったままの私の脇をするりと通り抜けた。香水の香りをほのかに感じて、振り向いたが誰もいない。店の中は相変わらず薄暗くて、逆に外のネオンの方が明るいくらいだ。

何回目のテーマだろう、ジャズスタンダードは未だ続いていた。もう一度、確認するように音源の方をそおっと向き直す。ステージの上にはエレピを弾いているコブタさんがスポットライトを浴びて…。コブタさんの顔が…コブタさんの顔が。コブタさんの顔が…。顔の皮が剥がされて激しく捲り上がり、肉だけならまだしも骨までもが露出している。弛んだネクタイの男達と際どいミニスカートの女達が囲んでいたさっきのテーブル、真ん中にあった豚の顔の丸焼きそのものになってしまっている。


((つづく))
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by kenya-guitar | 2014-12-11 14:53 | 小説 | Comments(0)

稲毛海岸のフチ子(32)

〈玉音(名)〉①きよらかな音声。②(天皇の)お声。

それから何週間後、だろうか…六十八歳の女性から電話があった。教室をやめたい、と。理由を訊ねると、つまらないからやめます、の一点張り。すごく冷淡に突き放された気分になった私は、もう少し続けてみましょうよ、と懇願にも似た提案をしたのだが。

「ハワイアンが好きなんで、あんな古くさい曲をやりたくありません」

と言われ…そうでしたか、申し訳なかったです、と通話を終えた。その後、自分の放った「申し訳なかったです」という言葉が、返答として適当なものだったのかも分からなくなり、数日間は申し訳ない気持ちにうちひしがれた。

「この「里の秋」、はですね…」

その後のウクレレとギターの教室、手書きのコピーを全員に配った七十代半ばの男性は博識家だ。メイヤの一件があった日は休んでいた。図書館に行ったのかどうか「里の秋」がこの国のラジオから流れた背景を調べてきた。
「昭和十六年十二月二十一日 NHK歌謡」と楽譜にあるのは間違いで、正確には終戦後の「昭和二十年十二月二十一日 NHK歌謡」だそうだ。

そうだよな、と妙に合点がいった。第一にあの歌詞が戦時中の検閲を通るはずがない。撃ちてしやまん、の軍歌の時代、逆に厭戦ムードが広がる。食べるものもない中、兵隊に親兄弟が取られ、爆弾を落とされ焼け野原になって、肉親が行方不明になって、子供たちも虫けらのように死んで…暑いお盆の最後、ラジオから玉音放送が流れて。人目を憚らずうちひしがれる事も難しかった時代が終わって。その年の秋にこれが同じラジオから流れた。静かな、で始まり、祈ります、で終わる歌。その時に本当の静寂(しじま)が広がった。そのサウンドが色々な人たちの心に寄り添ったのだ。

別に自分自身が実際に見た風景、ではないのだが。ハワイのパールハーバーのすぐ後の「十二月二十一日」と、終戦直後の「十二月二十一日」、とでは全く違う。今年の「十二月二十一日」ともまた違う。


((つづく))
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by kenya-guitar | 2014-12-09 12:10 | 小説 | Comments(0)

稲毛海岸のフチ子(31)

〈羅列(名・自他)〉つらなりならぶこと。ならべたてること。

曲が終わり、再び訪れたサイレンスはさっきと違う種類のものだった。誰も一言も発しようとはしないのは同じ、ではあるが。メイヤの表情はさっきから固まったまま。椅子から立ち上がると、誰とも目を合わせる事なく出て行った。だがさっきみたく、猫のように、ではなく。ガラス張りの教室を去る時の足取りに重たさがあった。小さなメイヤの身体のサイズ、中途半端に開いた手動の自動ドア…開けっ放しになった。

振り向いて、ふと黒板を見つめる。残されたのは、メイヤの描いていた絵。分かった、思い出した。

昔、愛した女に別れ話を持ちかけた時、その彼女が俯いて一言も発する事なく手持ちのノートにボールペンで描いていた絵。

伸びやかですっとした直線と曲線、ではない、細かい記号の羅列のようなタッチの絵…。

あの時にいた場所も、こんな風な場所だった。夜の街からガラスで閉ざされた深夜のファミレス。映画か何かの後、二人して食べた安いイタリア料理。天井からぶら下がった安っぽい緑色の照明、それぞれのテーブルの上にあるそれがガラスに反射して列を成して見えた。涙がこぼれて…黙って描いていた記号のような絵にひとしずく、滲む。言葉に表せない気持ちの連続、緑色のテーブルライトの列。色彩を失った夜の街を背景に、ガラスのスクリーンに浮かび上がって、ガラスの中の世界の脆さを際立たせていた。複雑な思いがエコーして響いているように。

メイヤがどうしてか私に伝えたかった思いを託した絵は、彼女がその時に描いていた絵に重なって見えた。

今いる場所、さっき流れたメロディ、閉じかけた心を開いたメイヤの絵、七十年くらい前にあった風景、さっき奏でられたウクレレとギターの音色、一分間を72等分して刻むメトロノーム。

取り残された子供たち、幸せに出来なかった女、教室から去ったメイヤ…また何もしてやれなかったんだ、という思いが浮き上がっては沈んで。その思いが溶けて失せる事は決してないのだろう、とメトロノームが器械的に…。


私の中で、三回の打撃音に一回のベル、三回の打撃音に一回のベル、三回の打撃音に…が、ただ繰り返されていた。


((つづく))
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by kenya-guitar | 2014-12-08 23:41 | 小説 | Comments(0)


ギタリスト鈴木健也の雑記帳


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