カテゴリ:ギター( 9 )

稲毛オープンスタジオにやうこそ☆(2)

http://kenyagt.exblog.jp/21358342

  久々の受講者さん募集なので、前回(上記『稲毛オープンスタジオにやうこそ☆』)の記事も読んで頂いたら有難いです。場所の確認もあるので。

  稲毛オープンスタジオ、ウクレレ・ギター教室では毎月第一・三火曜日、木曜日(午後!)にいらっしゃる受講者さんを募集しております。見学自由、こちらのblogの非通知コメント欄に連絡先を残してくだされば、勝手に私から連絡します。

 それと、早速非通知コメント欄にアクセス頂いた大川さん(仮名)…明日にでも連絡しますので、よろしくお願いいたします。

それでは。




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by kenya-guitar | 2015-10-23 01:24 | ギター | Comments(0)

稲毛オープンスタジオにやうこそ☆

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アート教室   毎週日曜日 14:00-17:00
英会話教室  毎週金曜日 15:00-18:00
フリーマーケット 毎月第二土曜日 10:00-16:00
ギター・ウクレレ教室 毎月第一・第三の月曜日 10:00-12:00
                         土曜日 17:00-19:00


ペンギンマーケットで夕方購入した豚肉のスペアリブを深い寸胴鍋でぐつぐつ、沖縄料理のラフテー、じゃなくてソーキみたいな味付けで作っている。後、一時間は煮込むつもり…108円/100gのヤツを1.5kgくらい買ったから結構な量だ。深夜の我が家、二階のこの部屋にも豚を煮込むくさみが充満している。換気扇を回さないのは寒い夜だから。香りか、くさみと共に温もりを感じられればそれで良い。

温もり…もし足りなくなったら稲毛オープンスタジオに是非、足をお運びください。ペンギン村の隣、エヴァーグリーンな町にあるガラス張りのスタジオ。絵を描いたり、ウクレレ弾いたり、英語で話したり、歌ったり、粘土でなにかの形作ったり、ギター弾いてbeatles歌ったり…誰も文句は言いません。お好きなように。お互いの厳かな領域、フィールドを感じながら共振出来たなら、と思っております。京成稲毛駅から徒歩3.14秒(およそ3秒)の素敵な空間。皆さんそれぞれのπ(円周率)を感じちゃってください。それぞれのπ、胸いっπの円周率。

例えば…

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こういう作品を眺めながら、水彩画描くも良し、英語でこの作品の素晴らしさを語るも良し、ギターでいきなり即興演奏始めても良し、粘土捏ねても良し。思い思いに表現する自由を感じてください。

私のウクレレ・ギター教室は毎月第一・第三月曜日(10:00-12:00)&土曜日(17:00-19:00)で30分レッスン二回で月謝四千円です。ちなみに12/6、20(土)は「おためし体験会」…もろちん無料☆

どの教室にしても、ご興味がある方は私のblogに「お名前・電話番号・メールアドレス」を明記の上、非通知でコメント頂きますようお願い申し上げます。

それじゃ!真夜中に煮込んでいるソーキが良い感じなんで!


それと…『稲毛海岸のフチ子』は第一話から、ぜひどうぞ!!

また明日!!ππ!!
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by kenya-guitar | 2014-12-03 02:19 | ギター | Comments(3)

ちょっと休憩…

〈ジャメビュ(名)〉未視感。日常見慣れたものを初めて見たと感じる体験。統合失調症や癲癇で見られる。⇔デジャビュ

昨日、仕事が終わり帰宅、夕飯を作ってから団らんを囲み、家を出た。ペンギン村の隣にある古い神社の町。お社の裏手にある杜で、夜灯(よとぼし)前夜祭が開かれていた。

樹齢何年だろうか、古い松の樹に囲まれた広場。足元に置かれた無数の灯篭が暗闇に浮かぶ。一つ一つには地元の小学生が描いた絵、そしてそれぞれの想い。間伐材を使って作られた造形物が円を描き、単色のイルミネーションで光る。その中で相撲を取る男の子二人。そんな空間で光を浴びて佇んでいると、何か浮遊したものを感じて私自身もその中を漂っている感覚。祭りも終わり、無数ある灯篭の炎は消されて、再び暗闇が訪れる。我に帰る。見上げると、杜の向こう側、JR稲毛駅付近に建つ高層マンションの各戸の団らんの光が夜の空に浮かび上がった。不思議なコントラスト…ジャメビュ。




いつも『稲毛海岸のフチ子』を読んで頂き、ありがとうございます。大概、(退院後から)寝床にしているソファに寝転がって、ガラパゴスに打ち込んで書いているのですが、こんな私の文章でも読んでくださる方がいるのは有難いです。昨夜の稲毛浅間神社「夜灯」から帰宅して、思い付いた話です。今、目の前にしているこのblog、読みながら一緒に音楽が聴けます。もちろん無料。私の作ったインストゥルメント曲ですが…。以前、プロフィールの分類、『songs I love ~私の過ごしてきた時間~』で、soundcloudというサイトにジャンプ出来るようにしておきまして。一応、もう一度。

https://soundcloud.com/kenya-guitar



「プリンに醤油をかけて食べるとウニの味がする」とか、そういった類の話かもしれません。普段、娘には「ながら勉強はやめなさい」と勉強しながら聴くCDの電源を切ってしまう私ですが、今回ばかりは「ながら読み」を勝手にお勧めします。


それでは、仕事に行ってきます。皆さんも良い日曜日を!
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by kenya-guitar | 2014-11-23 12:22 | ギター | Comments(1)

close your eyes

〈ブルース(名)〉(ジャズ音楽の)もの悲しい感じの・歌(ダンス曲)。

抑鬱症状の酷い時期、酒浸りの私に毎日向き合ってくれた知人から素晴らしいギターを頂戴した。しかし、それは少しも嬉しい事ではない。その知人は五十代の若さでガンで亡くなったからだ。つまりそのギターは私にとって、知人と一緒にいた甘くほろ苦い時間がカラメルソースの様に凝縮されている大切な形見なのだ。フォークギター、実はあまり使わないので、そのギターと何をして一緒に過ごそうか考えあぐねていたが、決めた。知人も私も好きだったJames Taylorの曲を色々と弾いてみる事にした。歌いながら弾くので、これは本業ではなく趣味、と言ってももちろん真剣に取り組んでいる。「何でも勉強だからな…」よく知人に言われた。普通、ギターの調弦はレギュラーチューニングだが、James Taylorの曲はドロップDと言って6弦が全音落ちている上にカポタストを装着する。レギュラーチューニングとは違った響きが溶け合うのが新鮮だ。このギターでJames Taylorの"close your eyes"目を閉じてごらん(邦題)を弾いているとある部分の歌詞がぐっときて何も言えなくなる。メジャーとマイナー、交互に行き交う陰影のある曲調、亡くなった知人が語りかけてくる様に聞こえるのだ。

you can close your eyes,it's alright
I don't know no love songs
I can't sing the blues,anymore
but I can sing this song
and you can sing this song,when I'm gone

僕はもうブルースは歌えないよ
でもこの歌なら歌える
だから君もこの歌を歌っておくれよ…たとえ僕がいなくなっても…
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by kenya-guitar | 2012-06-18 14:26 | ギター | Comments(5)

虹を見て

〈浮世(名)〉生きていく事のつらい世の中。

台風が日本列島を直撃している土曜日の午後、私は友人と二人で近所にある公園のベンチに座っていた。降るのか降らないのか、この天気を敬遠してだろう、人気はない。缶コーヒーを買って煙草を吸いながら談笑していると、公園の木立からざわざわという音が。しかも、だんだん大きい音になる。一瞬強風が吹いているのかと思ったが、腕やベンチに雨が落ちるのを見て木の下に緊急避難する。広い芝生の方を眺めると、雨粒がシャワーの様に緑の芝の上に降り注いでいるのを雲の間から覗く晴れ間が照らし出している。狐の嫁入り、すごく幻想的な光景だ。強く降ったり止んだり、断続的に訪れる降雨に我々は木の下とベンチの間を行ったり来たりだ。
「虹だ…」
雨が通り過ぎると、東の方角、雲の間から青い空が見える。友人が呟くと、しばし沈黙が続いた。何年振りだろうか、久々にお目にかかった虹。赤の次に青で、と配色も気にならないくらいただただ見とれる。一分と経たない内に消えて無くなってしまった。


「ジャズミュージシャンが社会的にどう見られて、自分自身がどうしたいのか…それをよく考えた方が良い」
私が音楽人としてプロフェッショナルの高みを目指したい旨、話した時の先生の言葉だ。今から十五年くらい前の話だが今でもよく覚えている。恐らく至上命題として死ぬまで考え続けなければならないだろうと思う。

何かしら「やった事の代価」を支払う事でこの世の中は成り立っていて、その現実に生きる人達の価値観としては『効率と生産性の優先』が重んじられ、社会の歯車と化した自己を眺めるにつれ「やりたくないけど働かざるを得ない」という虚無主義にも似たネガティブな感情の中で生きる人達が多数だ。「こんなに働いているけれどちっとも報われない」…街には満たされない人達の欲求不満で満ち溢れている。電車に乗っているとよくある光景だが、何故か怒った顔をした人が多い。喧嘩にでもなれば「お前が先に肩に触れた」とか怒鳴り散らしている。近所に住む或る人は私が挨拶をしても絶対に応えない…それは近所付き合いが無駄なもの(何ら生産性を持たない)としてしか映らないからであろう事は容易に想像がつく。
人間関係は針で突こうものなら勢いよく割れてしまいそうな空気いっぱいに膨らんだ風船の様なものだ…そう感じる人は多いと思う。
そういう風に欲求不満を抱えた人達が私の様な自由気儘な一音楽人を見た場合どう言うであろうか?簡単である。
「好きな事をやって生きてられて良いですね」
時に好意的に、時に皮肉たっぷりにこの言葉は使われる。ここに現実社会と自由創作活動との大きな断絶、亀裂が存在するようだ。

しかし、そういう世の中に対する閉塞感・限界を抱いている人達もこの世の中にはたくさんいる。「効率と生産性を最優先させるだけで本当に良いのか?」とか「何となく生き辛い」とか。はっきり言って、私がたまに行って演奏する痴呆老人の集まりや、障害者施設などは効率と生産性を優先させる世の中から取り残された様な存在だ。だからこそ、その価値観とは全く反対の論理を持つ人々(ボランティア)の善意が介在して成り立っている。現実に我々は痴呆老人や障害者になり得る可能性は充分にある。


そんな世の中でギターを弾いて他人に何かを伝えられる、としたら一体何があるのだろう。要するに、何を以って音楽人としての自分が社会に貢献出来得るか、という事だ。残念ながら、私は低所得者である。所得税はおろか市民税・県民税も払う資格を有していないのが実情である。なので経済的な貢献、例えば納税をはじめ寄付など金銭面で社会に参画するのは今のところ不可能だ。では他には何があるか?
二十年近くもギターを弾いているので当然かもしれないが、幸いにして私は音楽で自由を体現出来ていると思う。つまり、私の音楽を聴いてもらってその音楽イメージの中で自由の素晴らしさを聴いているお客さん達と共有し、浮世のしがらみから解放する事が出来る、と思う。

もしその自由を感じられたのならば、おいくらでも構いません。箱の中にお金をください。
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by kenya-guitar | 2011-09-03 18:03 | ギター | Comments(2)

変態の証明

〈変態(名・自)〉①動物が発育していく途中で、時期に応じて形を変えること。②(性欲などの)異常な状態。

車のフロントガラスを通して遥か東の空には、もくもくと膨らんだ入道雲が見える。細い路地が入り組んだ造りの旧市街地に比べて、私の住む埋め立ての新興住宅地は区画整備されて舗装道路が広いせいか、アスファルトからの照り返しが厳しく感じる。だだっ広い焼けた鉄板の上を車で走っている感覚だ。間違いなく三十度は超えているだろう暑さに堪らず、最寄り駅のショッピングセンターにある喫茶店に駆け込んだ。火照った身体が冷めるまで昼の空いた時間をそこで過ごした。

昨夜、あるミュージシャンから「変態ですよね」「変ですよね」と言われた。要するに一緒に演奏していてのやり辛さ、今風に言うところの絡み辛さを暗に言いたげであった。普段、日常生活で家族からはそう言われてはいるものの、そう言われてみるとやはり気持ちの良いものではない。だが反面、それは喜ぶべきものなのかもしれないな、とも思った。自分の音楽について率直な感想を(良くも悪くも)言ってもらえるだけでも音楽人としてはありがたい事であるのだ。

私がギターでよく演奏する旋律、決して調性から外れている訳ではない。むしろ、音楽用語でいうところのインサイド、コードの音を忠実になぞっている。ビバップ的な既成のメロディとは違う唄い回しを色々と試行錯誤していく内に考え付いた。それは一応、私なりに方法論があって紙に書いて説明出来るものなのだが、一人を除いてまだ誰にも説明した事が無い。統合失調症陽性症状ピーク時、重い扉で閉ざされた二十四時間監視カメラとジェラルミン製(?)便器付きの特別室で、世界中を敵に回したパラノイアに押し潰されそうになりながらこそこそと練り上げた私だけのアイディア。『ネオKENYA理論』と勝手に呼んでいる。本質的にはバークリー的な考え方に通じるベクトル的な発想だと思う。

もし興味があったら私のライブにお越しください。感想を聞かせてくださると嬉しいです。
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by kenya-guitar | 2011-07-11 14:32 | ギター | Comments(0)

癒しのひととき

〈甘美(形動)〉①舌がとろけるようにおいしいようす。②心がとろけるように気持ちがいいようす。

昨日、市川市内にある住宅地、仕事先の近所でゴーヤの雄花が咲いているのを見掛けた。震災後、節電の影響もあって、クーラーを使わず夏の暑さを凌ぐために軒先にゴーヤの苗を植える家が多い様だ。かく言う我が家も毎年、食卓の傍の窓の外、日陰になる様にして漁網を使った棚を作ってゴーヤを育てている。昨年は日陰になるには今一つの伸びであったが、今年は四方八方に蔓が伸びて頼もしく思える。何より、収穫できるゴーヤは滋養が豊富で、食卓に供すれば夏バテ防止になる事うけあいだ。

仕事も特にない今日の午後、西千葉にある沖田ギター工房にお邪魔した。どうやら昼の休憩中だった様子で恐縮したが、快く迎えて頂いた。

話は変わるが、私は一時期、原因不明の左手の痙攣に悩まされた事がある。統合失調症で入院前の話、やはり心因性のものと今は思っている。ところが、何故か沖田さんの工房にお邪魔すると震えが収まった。謎の痙攣に悩むギタリスト全般に沖田ギター工房に行く事を勧めている訳ではないが、本当に不思議だった。どうしてだろうか、色々と考えてみたが解らない。きっと良い「気」が流れているのだろう。実際、工房にはゆったりとした時間が流れていて、スピーカーから聴こえてくるヴァイオリンの甘美な音色がその波間を漂っているかの様である。そしてそのヴァイブレーションは工房内に所狭しと並べられた修理待ちのギター達の元へ…傷を負い、理由あってここに連れられて来た彼らは幸せそうである。ギターのボディ、木の分子一つ一つに振動が感応し合っている気がしてくる。

「また来るからね」

沖田さんに製作して頂いた私のギター、修理待ちなのだが、それに暫しの別れを告げて工房を後にした。
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by kenya-guitar | 2011-07-08 16:34 | ギター | Comments(0)

メロディ

〈メロディ(名)〉旋律。ふし。メロデー。

昼食を食べる気が起きないくらい暑い一日だ。ベランダで栽培している山椒の鉢植えを日陰に移してやった。近所の花屋で買って一ヶ月半程だが、太陽の光を浴びて以前より緑が濃くなっている様に思える。DUMISANI MARAIRE & EPHAT MUJURU"SHONA SPIRIT"を聴きながらパソコンに向かっていると、隣の机で宿題をやっている小二の息子が珍しげに覗き込んできた。ジンバブエのンビーラ(親指ピアノ、カリンバ)の巨匠二人の共演。よく注意しているとポリリズム、複合リズムが聴こえてくる。それがうねっている上で牧歌的な旋律で歌っているのが気持ち良い。

ところで最近、ギターをこういう風にサウンドさせられないかと試行錯誤している。ギターをカリンバの様に弾きたいのだ…と、先日行った西船橋のJAZZ BARのマスターに話したところ「こうやって弾く人いるよね?」と言って、ギターを膝の上に寝かしてペダルスチールギターを弾くようにして私に見せた。どうやら私の言い方が語弊を生じさせるようだ。そうではなく、普通にギターを抱えて弾いた上で、純粋にサウンドからそう聴こえるようにして音楽を創り出せないか、と色々試しているのだ。元はと言うと、バークリーに行った私の友人のギタリスト、その級友のアフリカ出身のギタリストが同じようなやり方でギターを弾いていたのを何かで聴いた時に思いついた。その時期が私がちょうど統合失調症陽性症状ピーク時、精神病院の二十四時間監視カメラ付きの特別室にギターを持ち込み、メモを取りながらアイデアを練り上げた。が、その後の陰性症状(鬱)が重い期間、ギターに触れてそのアイデアを検証していく機会を持たなかった。
インプロヴィゼイション・ミュージック、即興音楽とは瞬間的な作曲であると幾度となく学んだ。それに対して色々な方法論があって…要するに『自分なりのメロディをどう創っていくか』に他ならない。"メロディ"とは何だろう?人はランダムにある音列の何に対して"メロディ"を感じるのだろうか?"メロディアス"な音楽…ある人は桑田佳祐だったり、またある人はショスタコビッチだったり、人によって全く違う。千人いれば千人分のメロディがある。

そのカリンバ的な音楽…多分、もうすぐ出来上がると思うので楽しみにしていてください。私なりのメロディです。
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by kenya-guitar | 2011-07-03 14:54 | ギター | Comments(0)

愛器の兄弟

〈愛器(名)〉愛用の楽器、器具。

日曜日の朝、Michael Brecker”Tales from the Hudson"…CDを引っ張り出してきて久々に聴いた。十五年前のアルバム、ブレッカーももう既にあの世へ。何となく懐かしい。聴いていてジャズギタリストのblog…と、言っておきながら自分の所有するギターについて何も語っていない事にふと気付いた。

実は今、自分の六弦ガットギターを大々的に修理している。定期点検したところボディ内部の力木に不具合が生じているのが分かったためだ。そのギターは自分にとって毎日触れる大事な宝物。運指練習から何からほぼ一日中向き合っている愛器で、正直言って無ければ困る。製作家の方にお話したところ、それと兄弟の機種を特別にお貸ししてくれた。同時に製作された中の一本、私が所有するカッタウェイ付きに対してこちらはカッタウェイが付いていない。バックも恐らくハカランダで出来ている。音はまだまだ若い感じ、ゆくゆくは熟成されてふくよかな響きになるであろうポテンシャルを備えていると思う。
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で、このガットギター、実はオリジナルなアイデアがブリッジ部分に生かされている。通常、よく見るガットギターはブリッジ表面に弦を通して結んで固定する。が、このギター、下の写真をご覧頂きたい。
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弦はブリッジ下にある穴に吸い込まれている。骨で出来た特製ボールエンドに弦を絡めてボディ内部で固定される仕組みになっている。なので、弦交換する時にサウンドホールから手を入れて穴に通した弦を引っ張り出さないとならない手間が掛かるのだが、私はこの独自のアイディアがとても気に入っている。
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by kenya-guitar | 2011-06-26 13:40 | ギター | Comments(0)


ギタリスト鈴木健也の雑記帳


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