カテゴリ:雑記( 114 )

ある老婆の独白

〈シャンソン(名)〉フランスの歌謡曲。

眼球に鋭かった西陽が和らいできた夕時、私は一人ボォッと近所のコンビニ前で煙草を燻らせていた。今日発売の少年漫画誌を息子に頼まれて自宅を出てきたのだ。先ほどより陰影を深くしてオレンジ色に染まり始めた雲、土曜日のその日は文化祭だったそうで、近くにある県立高校からは高校生達が軽やかな足取りで駅の方へと向かって行く。片側二車線の広めのメインストリート、コンビニの向こう側の歩道には゛犬のおじさん゛が犬を連れて散歩していた。いつものように野球帽を被り、膝までの丈の半ズボンからは日焼けしていない細い脚を覗かせている。
「上戸彩が結婚したんですよね?」
突然、そこの若い店長が人懐こい笑顔で私に話しかけてきた。あ、そうなんだ、返答としては素っ気ないとは思ったが、彼に応える私。知ってはいたが、そのニュースを聞いて特にこれと言って感情は湧かなかった。道の向こう側の゛犬のおじさん゛は犬に向かって何か怒鳴り始めながら立ち止まっていた。また一人になって、大きな一面ガラスの縁に座る私。西陽はまだ眩しい。

ふと顔を上げると、杖を突いた老婆が立っていた。
「あなた…いつも見かけるけど、何か楽器を弾いてるでしょ?」
眼鏡越しの眼差しは西陽に照らされながらもはっきり私に向かっていた。えぇ、戸惑いながらも私は聞き返した。どちらの方、でしょうか…。三メートル程先のアスファルトの歩道で、その老婆はたどたどしくもゆったりと話し始めた。
「アタシはねぇ、ついそこの通りの右っ手に住んでるんだけど、もう76でねぇ…あなたの事はよく見かけるんですよぉ。いつも何だか大きな楽器を抱えて歩いてるでしょ?何か音楽が好きか、ですって?そりゃあねぇ、アタシも向島の芸者街の出だからちっちゃい頃から芸事は仕込まれたのよぉ。お茶やったりねぇ、お花やったり…でも一番好きだったのはシャンソンよ。そりゃあそうですよぉ。アタシの若い時にゃ、銀座に銀巴里とかシャンソンの店があってねぇ…色々な楽団の人がいたんですよぉ。一人、ピアノの男の人がいて惚れちゃってねぇ…北陸まで駆け落ちまでしたんだけどねぇ。浮気されてね。結局、今の主人と結婚しちゃったんですけどねぇ。まぁ、先に逝かれちゃったけど家だけは残してくれてねぇ…今、思うとアタシ一人残されて何だかねぇ。息子?アタシの息子ですかぁ?いやだぁ、引きこもりですよぉ。四十超えて引きこもりなんですよぉ…む・しょ・く。何とかしてくださいよぉ」
五分以上私の前、その老婆は杖を突いたまま話していただろうか。座ったままの私に対して、老婆に杖を突いて直立させたままにさせるのに気付くと罪悪感すら湧くのに混じり、多少の煩わしさを感じてきた。ふと振り向くと高校生の男の子二人がコンビニに入って行く。まだ夏服、アイスキャンディでも頬張るつもりだろう。一日中誰と話すでも無く自宅にいるだろう老婆は、コンビニの店長以上に人懐こく私に話そうとする。が、しかし、何を買いに来たんですか、と私は老婆にコンビニに来ようとした動機を暗に促した。
「そうそう…ゴミ袋を切らしてねぇ…」
まるでラジコンがリモートコントロールで動かされるかの様に店に吸い込まれて行く老婆。

店内からはヒット曲の軽薄なメロディとリズムに操られる様に、店員と男子高校生、そしてその老婆の話し声が笑い声に混じり漏れ聞こえてくる。

「それじゃあおばあちゃん、気をつけて帰ってね!」
暫くすると高校生と老婆がコンビニから出てきた。いつの間にか仲良くなっている。ちょっと、と老婆は勿体ぶった素振りで男子高校生二人を引き寄せた。真剣な眼差し、必然的に声は大きく力が籠る。
「童貞とヴァージンじゃないと、長続きする良い結婚生活は送れないのよ!童貞とヴァージンじゃないと…」
いきなり何を言い出すか、と動揺する男子高校生の二人。夕方のジョギング、すれ違った若い夫婦はお互い目を合わせて苦笑しながら私の前を通り過ぎて行った。
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by kenya-guitar | 2012-09-16 18:45 | 雑記 | Comments(0)

鉛の味…

〈沸き立つ(自)〉①わいて、(湯が)煮え立つ。②(雲などが)むくむく起こる。③(心が)強く興奮する。

「文章から音楽が聴こえてきたんだ…初めてそう思えたのがこれだったんだよ。それが純文学なんだなぁ、って。読んでみな…」

半年前に亡くなった知人から勧められた小説を古本で買って読んだのは、生前だった。五感を刺激する、とでも言うのか。私の中では良い文章を読んだ時に沸き起こる現象だ。何処で見た風景だったり、メロディだったり、あるいは何かの匂い(臭い)だったり。降ってくる様に、またはぐらぐら煮立つ様に、雑踏で見知らぬ誰かに擦り付けられた様に…それらが色々な様相で沸き立つ。

何故そんな話になるかと言うと、最近ハマっているある作家の小説を読んでいると血の味を彷彿とさせるのだ。それは例えば、成金趣味の美食家が料理屋で飲むスッポンの生き血赤ワイン割りだとか、場外馬券売り場の横丁の焼き鳥屋で味わう生焼けのレバーの味だとか…そんな生易しいものでは無い。
その作家が読者に味わってもらいたいのはきっと、顔を足で踏みつけられて悔し涙を鼻で飲みながら味わされている、歯茎から出ている血の味だと思う。アスファルトのタールのキツい臭いが混ざった味。屈辱の味だ。

十年以上前、銀座のCD屋でバイトしていた時にその先生がお客さんとしてやって来た。アーティストまでは憶えていないのだが、ジャズのCDを三、四万円相当購入したのを私が接客した。今、プロフィールを見ると多分、当時で四十代半ばだったのだが、着流しを纏った年齢不詳の容姿…それともう一つ印象的だった事がある。総入れ歯の人特有の口をもごもごさせる仕草。
小説家の記述する何処までが実際に経験した事で、何処からがフィクションか…読者は気になる。しかし、銀座のCD屋でお会いした何年か後に先生の自宅玄関に発砲された(弾を撃ち込まれた)記事を新聞で読んだのを思い出して、唸る私だった。
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by kenya-guitar | 2012-09-09 18:29 | 雑記 | Comments(0)

飛燕に思う

〈営巣(名・自)〉鳥などが巣をつくること。

夕飯の買い物に行ったショッピングセンター、自転車で帰ろうかという時に小雨が降ってきた。これくらいなら大丈夫だろ、我が家まで五分とかからない、そう思っていると少し降りが強まった。仕方ない、煙草を一服やってやり過ごすか、と私は軒下のベンチに腰掛けた。煙草の煙が拡散するのを目で追うと、十五羽くらいのツバメたちがショッピングセンターの一階天井辺りの高さでぐるぐると周遊するように飛んでいた。そのショッピングセンターに巣を作って育てられていたヒナのツバメたちも大きくなったのだ。

思えば五月くらいに近所のコンビニの軒下、ビニル看板にせっせと営巣していた夫婦ツバメがいた。何処からか湿った泥と枯草を運んできてはそのビニル布に貼り付けようとするのだが、泥が乾いた途端に剥がれ落ちてしまっていた。無駄な営みだと思えないのだろうか、何日も何日も同じ作業を繰り返す二羽のツバメ。それとはまた別に、その建物の二階にある通気口にはムクドリがちゃっかり営巣していた。作りかけの巣が落ちても落ちても二、三週間は諦めずに同じ作業を繰り返すツバメ、段々と痩せ細っていった。一方のムクドリは人間の作った構造物を抜け目無く利用してヒナまで出来ている。
「あぁぁ…また落っこちちゃって…可哀想ねぇ、どうにかしてやれないのかしら」
お客さんが居なくなると、軒先に出てツバメの様子を気にするコンビニの昼のパートのオバチャン達。ツバメ夫婦に同情的であった。
が、しかし、ムクドリの営巣に気付いた二階の家主は通気口を塞いでしまう。糞害も酷く、鳴き声もうるさいのだ。もちろん、ムクドリ達は何処かへ…。
そして、いつしかツバメの夫婦も…。

ショッピングセンターの軒下から見るツバメ達は無事にヒナも育ち、これから何処遠くへ渡って行く喜びに沸き返っている様にまるで見えた。コンビニの軒下の夫婦ツバメはどうしているのだろうか、ふと思い出しながら、生きる困難さと喜びを感じていた雨の夕方だった。
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by kenya-guitar | 2012-09-05 15:20 | 雑記 | Comments(2)

愛犬家

〈汚点(名)〉①きたないところ。よごれ。②不名誉。きず。

すっかり秋めいてきた夜遅く、私は近所のコンビニ前で友人と二人で煙草を燻らし話していた。他愛ない世間話。彼はそのコンビニの裏手に住む大学を卒業したばかりの社会人一年生の男。浪人して留年して、で、ちょうど私の一回り下だ。
人通りも疎らになってきた0:30過ぎの事だった。プードルだろうか、真っ白な小型犬が我々が座る目の前にとことことやって来た。首輪に鈴をぶら下げている。見覚えのある犬、私は即座に飼い主である六十後半だろう女を連想していた。その女、そのコンビニのすぐ隣に住み、コンビニが出来た当初から派手な看板を掲示してコンビニ反対運動を展開していた。その名残か、市議会議員の看板を掲げている。

話は逸れるが以前、私が水道工事会社でアルバイトをしていた頃に色々な現場に行った。その頃に教わった事、反対運動と市議会議員の看板がある家の周り近所はトラブルが潜在している場合が多く、工事に病的なクレームが付き易い。

そのプードルの飼い主の女も、きつい目付きでどことなく病的な雰囲気だった。
「あの犬が現れると、何が起きるのか知ってる?」
隣に座る友人に訊いてみた。あの犬の飼い主はコンビニの隣に住む女なのは分かるよな、という意味である。友人は即答した。
「あぁぁ…ウンコだらけになるんですよ」
えっ、何を言い出すんだ、と思う間もなくプードルが我々の目の前に尻を突き出した。大きく開脚して、むにむにむにむに…肛門の茶色がみるみる大きくなった、と思ったら長い糞を落として首を震わせる。チリンチリン、任務完了とばかりに首輪の鈴が鳴った。そして二メートルくらい離れたアスファルトの上でも同じ動作を繰り返す。あぁぁ、と我々二人は呆気に取られ眺めている間、三十秒程で三ヶ所の汚点が付いた。人通りのあるコンビニの前にだ。
「それで、そのまま片付けないんですよ…あのババア」
友人は力無く呟く。近所では有名らしい。
私は立ち上がって、コンビニの隣、女の家を見ると、女はショッキングピンクのTシャツに短い丈のジャージでサンダル履きで突っ立っていた。゛技を仕込んだ飼い犬゛が任務を遂行しているのを見守っていたのだ。夜遅い時間だったが私は大きな声を上げた。
「お宅の犬が糞しましたよ。片付けないんですか?」
すると女は何も言わず、気味悪いくらいににんまりと笑った。この上なく満足のいく出来、私の犬を早く褒めてやりたい、そんな感じだ。片付けないんですか、私は同じ言葉を三度繰り返したが女は黙って笑ったまま、犬を連れて家に戻ってしまった。

チリンチリン、コンビニの前には犬が鳴らした鈴の音が。そして振り向くと汚点が三つ残った。
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by kenya-guitar | 2012-09-02 14:49 | 雑記 | Comments(0)

生命の誕生

〈蠕動(名・自)〉消化のときに起こる、胃腸の運動。だどう。

我が家の庭にあるコンポスト、夏は生ごみを放っておくと臭いが部屋にこもって気になるため、魚の内臓や骨などはそのコンポストに入れる。市で回収するゴミの減量にもなるし、蓋をして放っておけば肥料にもなる。その日、夕方に家庭用の小型精米器を使って精米した後、ゴミとして出た米糠をコンポストへ持って行った。何でもやり始めると楽しくなるものだ。
薄暗い夕暮れ時、緑色のコンポストの蓋を手探りで開けると微かに音がした。カサカサ、何かが動いている気配を感じる。素早く動く黒い影、油に濡れた物体が光って見えるのはゴキブリだ。しかし、他に何か蠢いている。その音源を耳と眼を凝らして追っていくと、積まれた腐葉土の上に乗った魚が動いている様に見えた。鯵、か?いや、間違いなく鯵だった。私は思わず蓋を閉めた。
玄関に置いてある懐中電灯を手にコンポストの前に戻ってきた私はもう一度蓋を開けて土の上を照らしてみた。さっき動いている鯵、その周りにびっしりと蛆がたかっていた。四方八方に思いのままにのたうち回る数十匹の蛆たち、それ自体が意思を持ち蠕動する一つの生物に見える。少し茶色がかったクリーム色の生物。暫く見とれた私は、持っていたビニール袋に入った米糠をその上に山盛りにして蓋を閉める。

台所に戻ると妻が天ぷら鍋でフライドポテトを揚げている。コンポストの中に何か棄てたか訊くと、あぁぁ、今朝ね、鯵の干物が残ったから骨と頭を棄てたのよ。妻が答えた。ガスコンロではじゃが芋のスティックがこんがりとした薄茶色で、ピチピチと泡音を発てながら天ぷら鍋の中を思い思いに動き回る。妻がそれを菜箸でかき混ぜていた。朝、廃棄したそれがもうあの状態か、生命の力ってすごいよね、呟く私。フライドポテトを鍋から一本摘んだ妻は、何のことやら、と言った様子で一口頬張っていた。
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by kenya-guitar | 2012-09-01 16:16 | 雑記 | Comments(0)

帰郷(8)

〈G(名)〉重力の加速度を表す記号。

「健也君…健也君…」

誰かに強く揺さぶられた身体をひねって動かそうにも、どうにも動かない。でもさっきまで宙に浮いた感覚、飛行機が離陸した時の様な強いGを前後左右に感じていたのを身体が覚えている。

「お父さん…お父さん…お父さん…」

今、私は座った状態で椅子に縛りつけられている。眼を開くと何台もの車が停まっているのが分かった。一瞬、身体がヒクッと痙攣した。そうかここは駐車場か、と認識するのと同時に子供達の笑い声が聞こえてきた。間違いない。娘と息子の声だ。

「お父さん…お父さん…起きて…ねぇ、起きてよ」

さらに揺さぶられた私はしっかり眼を開き、顔を上げる。自分の車の助手席にシートベルトを着け座っているのが分かった。
「大丈夫?ニヤニヤしながら寝言言うの止めてくれる?気持ち悪いから」
運転席には妻が座って呆れた顔、私の方を見て笑っていた。
「まだ福島だけど、ちょっと休憩。お土産屋にも寄りたいし。ここから運転してよ…よく寝れたでしょ」
あぁぁ、分かった、と呟いたと同時に私は欠伸をしながら背中をぐっと伸ばした。そうか、岩手からの帰り道、もう福島まで来たんだ。
二泊三日で一ヶ月以上前から計画した帰郷、墓参りも行き、伯母も見舞い、中尊寺へも行き、祭りも見て従兄弟とも打ち解け、父の実家へも行って…で、あっと言う間に終わった。父が子供の頃に見ていた風景、時代と共にだいぶ変化しただろうが、子供達と一緒に見る事が出来たのは良かった。シートベルトを外してドアを開けるとむっとした空気が、クーラーの効いた車内の空気と混じり合うのが分かった。
「千葉にいるよりは涼しいよね」
呟く妻に頷く。岩手にいた充実感もあって、ぐっと身体中が解れるのを感じる。
「お父さん?さっき寝言で言ってたけどさ…踊るアホ、見るアホ、って何?」
息子の問いかけに戸惑いながらも、あぁそう、と笑ってごまかした。


(終わり)
長い文章にお付き合い頂きありがとうございました。
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by kenya-guitar | 2012-08-18 17:49 | 雑記 | Comments(2)

帰郷(7)

〈恍惚(形動)〉①うっとりとするようす。②老人になって、ぼけるようす。

駅前通り商店街のメインストリートに週刊少年チャンピオンから出て来た様な格好の男女がいきなり勢揃いした。七、八十人くらいのその踊り手達のいる車道の縁石にはびっしりと観客が座っている。私は司会の女性が居る本部テント脇に立ってその様子を見守っている。スピーカーからバスドラムの重低音が響き、威勢の良い掛け声の様な歌が一発響くと緊張感の中で三味線の音も。ピアニシモからフォルテシモに聞こえてきた。マイクの前では男が三味線を掻き鳴らしている。司会の女性が紹介する中で男女混成の組、若い女だけの組、地元一関のよさこいチームだけで無く周辺の市からも集まったチームはそれぞれ゛無限大゛だとか゛武偉猛゛とか、猛々しさが塊になって感じられる漢字の名前の入った大きい旗を物干し竿の様な棒に翻し踊りまくる。女の歌声が混じっている…気付くと司会の女性が真っ赤な忍者みたいな衣装でマイク片手に粘り気のあるビブラートを張り上げていた。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損、損」
一ヶ月程前に千葉旧市街地の繁華街で行われたクラブミュージックイベント。メイン会場、深夜遅くトリに出たバンド、ロックとレイブミュージックを融合したサウンドの中でヴォーカリストがその店びっしりに入った百人以上の観客を煽って放った言葉を私はふと思い出していた。

男がいて女がいる。いつもある風景を背後にして何か覚醒させて日常を忘却させる演出、大音響のビート。肉と汗。ビートに合わせて同じ振り付けで踊っている様に見えて、それぞれを表現している様にも見える。感じられる剥き出しの何か。祭りだった。

「激しい踊りだから中に入らないでくださいねぇ!特に小さいお子様!危ないですからぁ」

司会の女性が観客に注意するその言葉もアジテイトにすら思える。二十分くらいだろうか、恍惚としてその光景を眺めていた私の肩を誰かが強く叩いた。
「健也君…健也君…」
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by kenya-guitar | 2012-08-18 14:28 | 雑記 | Comments(0)

帰郷(6)

〈アジテイト(名)〉扇動すること。ある目的のために活動すること。

車輌通行止めになっている駅前通りのちょうど中心部、テントが立ち簡単な音響設備が揃えられている周辺にやって来た。甚兵衛姿の中高生は車道の縁石に座り込み、各々飲み物を片手にじっと座って待っている。ちょうど16:00前だ。何かが始まる軽い緊張感がある。これからメインイベントのよさこいが始まるんだよ、従兄弟の視線を追うまでもなく、さっきから甚兵衛や浴衣ではない派手な衣装を纏った連中がいるのに気付いていた。親子でやっているのだろう、子供もいるが見たところ十代後半から三十代後半。男はリーゼントが、女はひっつめ髪が多く、歌舞伎役者の様な隈取りを白や黒、ラメ入りの極彩色で施している。衣装は昔で言う長ランの様な長袖が多い。黒や赤、真緑色…週刊少年チャンピオンにありそうな漫画に出てくるキャラクターが現実世界に舞い降りた感じだった。
「皆さぁん…盛り上がってますかぁ!!」
声の方向を見ると、マイクの前の司会者の女性もまた同じ様な衣装、茶髪で派手目の化粧だが五十代くらいだろうか。たっぷりと呼吸の間を取って観客をアジテイトする。いつもやっている手馴れた感じはあるが、開始前の緊張感が声を通して伝わってくる。車道の真ん中は大きくスペースが空けられ、観客は道の両側でじっと見守っていた。
「スタートの時間までまだありますが、これから直ぐによさこいを観たい方…拍手をお願いします」
司会の女性の呼び声に応える拍手はパラパラと、疎らだった。この辺のゆったりした奥ゆかしさも県民性だろうと思う。
「これから…よさこいを直ぐに観たい方、もう一度拍手を!」
煽る司会者。さっきより大きく長めの拍手が商店街に響く。
これから祭りが始まるのだ。
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by kenya-guitar | 2012-08-16 20:03 | 雑記 | Comments(0)

帰郷(5)

〈モータリゼイション(名)〉自動車の普及。自動車大衆化。

菩提寺のすぐ近くにある伯母の家に立ち寄った後、軽く昼食を済ませた私達は平泉にある中尊寺へ行った。せっかく来たのだから世界遺産になった中尊寺へ、といったところだ。運動不足の私にとっては辛い坂道、参道を汗かきながら登り、金色堂に参拝した。天災や疫病、戦乱の激しい時代、平和を願って建造された金色堂。阿弥陀如来や地蔵菩薩が並ぶお堂の前でそっと手を合わせた。
じゃあそろそろ、と参道を下りている頃に電話が鳴る。一関の駅前通り旧市街地でやっているいる祭りに行かないか、従兄弟からだった。

今日はそんなに人が多くはないな、夕方の駅前通り商店街には小中学生や高校生などの若者が甚兵衛を来てアイスキャンディ片手に歩いている様な弛い空気感。各商店が店の前でかき氷や焼き鳥などを売っている。我々が行ったのは三日連続で行われた祭りの最終日。初日は花火も打ち上げられて、身動き取れない程人が集まったそうだ。が、その日は一地方都市の長閑な風景、商店会で一年費やし作った飾物以外さして派手さは感じられないなぁ、と思いながら商店街をゆっくり歩いていた。昭和の面影残す町並み、地方にある雰囲気の楽器を一緒に売る小さなレコード屋や小さな本屋。スナックばかり集まった一角、夜中遅くまで営業しているラーメン屋。その一角を囲む様に地方出張で来た客のためのこぎれいな飲み屋とビジネスホテル。街の動線がバイパス沿いの駐車場付き大型店舗の集まる一帯へ移り、駅前の大手スーパーが撤退後残された建物。一時期は一関に三軒の映画館があったそうだ。その内の一軒はポルノ映画専門だったけどね、笑いながら従兄弟が呟いた。どこの地方都市に行っても思うが、駅前の商店街は人が疎らで、特にスーパーの買い物袋を手に提げた人を見かけない。モータリゼイション、という言葉も死語に思える程に個人個人が車で移動するのが当たり前な世の中、電車とバスで移動する事が少なくなった結果だろう。生活感のある場所が駅前通りからバイパス沿いに替わったのだ。
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by kenya-guitar | 2012-08-14 17:02 | 雑記 | Comments(0)

帰郷(4)

〈妖怪(名)〉ばけもの。

それじゃあ伯母さんの家へ行くか、と墓のある山から車で下りてからふと思い出した。
私が四歳の夏休みに丸々一ヶ月間岩手の実家に一人で預けられた事がある。今は亡き祖父母や、伯父と伯母、従兄弟達に相手をしてもらったのだが、その時の実家があった場所と今の実家のある場所は違う。北上川が毎年氾濫するため、引越しを余儀なくされた。三十年程前の事。北上川があってその流域に水田が広がり、その中を東北新幹線の高架線が続いている前の実家周辺の景色。それが墓のある山の中腹から望められるのを忘れていた。踵を返して再度墓のある場所へ。家族四人、車を降りた。

山があって裾野を川が流れて、ずっと水田が広がっている…その風景を妻と子供達に説明して、暫くボォっと眺めていた。

話は戻るが田舎に私が預けられた時、昼食後に退屈だった私は、農作業に連れて行ってくれ、と伯父にせがんだ。仕事の邪魔になるから駄目だ、と言われたが駄々をこねて、トラクターに乗って農道をずんずん進んで行く伯父の後を走って追いかけた。そしてその距離はどんどん広がり、やがてはぐれてしまった私はどこまで行っても青々とした水田しかない中に一人でぽつんと取り残された。方向感覚も失って、実家へ帰る道も全く見当が付かなくなり…宛てど無くただひたすら農道と畦道を歩いて行った。生きているものと言えば、烏と蛙くらい。そろそろ日が暮れてくる。私はこのまま野宿しなければならないのだろうか。祖母から座敷わらしや山姥などの妖怪が出る話も聞いていた私は、泣きたい気持ちを堪えて何時間も歩き続けた。すると…向こうの方でエンジン音と共に人が動いている影が見えて…少し歩いて近付いて見てみると、それはトラクターだった。ひょっとして?私は走った。ひたすら走った。
「なんだ、追いかけて来たのか?」
笑いながらも驚きと困惑を隠せぬ表情の伯父…だだっ広い水田の中、偶然にも伯父を見つけられた。
帰り道は伯父がトラクターに乗せてくれた。こんなにも速いのか、と歩いている時との速度の違いに驚くと共に、どこか誇らしげな五歳の私。

実際にあった出来事だが、今もよく夢に出てくる風景。見つかって良かったが、やはりあの時の焦燥感がトラウマになっているのだと思う。
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by kenya-guitar | 2012-08-11 14:58 | 雑記 | Comments(0)


ギタリスト鈴木健也の雑記帳


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