カテゴリ:雑記( 114 )

自然に産まれたメロディ (2)




 これは幻聴ではない。決まった音階でメロディが奏でられている。久しぶりに身体にスゥッと溶け込んでくるこのメロディの正体はなんだろう。
 分厚いコンクリートで固められたトンネルに響く反響音。音源を眺めた先にあったのは、雨水が集められる桝であった。そこからアスファルトを抜けて、腕の太さほどの塩化ビニールのパイプが。今いる歩道から一段下がった車道へ伸びていた。1.5メートルほどか。その中を水滴がひとつ、ふたつ、ピチョン、ピチョン…滴り落ちる音。間違いなく、それぞれが違った音程を発していた。それが硬いコンクリートに反響して、全身に降りかかるようだった。ペンタトニック・スケールで奏でられていた。

 大地から海へと流れた水が、陽の光を浴びて大空へと舞い上がり、風にゆらゆらと流されて雨となって再び大地へ舞い戻る。その水の一粒一粒がこうやって勝手にメロディを奏でながら、再び海に流され…そんな循環の中で私は生かされているのだ、一瞬にしてそんな広がりが身体を巡った。

「わかってくれるかい?」

すぐそばのお社、杜から降ってくる大勢のセミの鳴き声からそんな声を感じた。

 暑い夏の数日間しか生きられないセミたちのオーケストラ、雨粒たちが奏でるメロディを、線路下、深夜のトンネルの歩道、欄干にもたれかかりながらシャワーのように浴びてしばらく時間を忘れた。

 水琴窟、と言うのか。きっと誰も気付かないままに、コンクリートに囲まれた空間の中に生まれていた。この人為的なライブハウスで、夜中に誇り高くも儚い、甘美な旋律を孤独に奏で続けていたのである。



((おわり))
[PR]
by kenya-guitar | 2016-09-27 14:44 | 雑記 | Comments(0)

自然に産まれたメロディ (1)



 何日か前に感動したこと、なんとなく人さまに伝えたくなった。

 ここ一年以上、ペンギン村にいる家族と離れて独りで暮らしている。テレビも冷蔵庫も、電子レンジもパソコンも洗濯機もない。ギターしかない部屋。駅から近くの安アパート。隣はお墓、と言うよりお寺。ギター講師の仕事をしながら、毎日いろいろな方に接して、それだけで充実している。ちなみに音響機器もない。


 仕事も終わり、千葉の繁華街にあるロックBAR、静かな平日の夜にギターを弾いていた。音階、ここ最近お気に入りの組み合わせを即興で弾いていた。自然と、どこかの国の音楽のようになる。ロックではないけれど、ウィスキーのソーダ割を飲みながら。
 カウンターの中で黙って聴いてくれているママさん、じきに店に入ってきた女の人たち。自然に会話が生まれる中、ずっと弾いていた。それでも長く居るうちに、なんとなく居たたまれなくなりギターを持って店を出た。終電で。今住む私の町へ。

 雨上がりの夜中、駅を降りると誰もいない街。ギターを駅近くの私のスタジオにそっと置いて、てくてくと。辿り着いたコンビニの前で開けたハイボール缶。繁華街の雑踏を抜けて、静寂と暗闇に自分を浸していた。濡れた舗道をギラギラ照らす街路灯は、月明かりの真下にあって。近くの神社の杜だろう、こんな夜中に蝉たちがわなないている。それはそれで良いサウンドなのかもしれない。

 ふと、高くキレイに響くメロディが聴こえてきた。なんだろう、酔狂な、迷惑だろう。こんな夜中なのに。コンビニの目の前の住宅街で誰かが楽器を練習しているんだろうか。

 思わず歩き始めた。コンビニ前の信号をハイボール缶片手に。まるで二十代の頃に聴いたトリニダードドバゴのスティールパンのような音色、それが奏でる美しいメロディが徐々にボリュームを上げながら耳にふくらんでくる。

 不思議なことに、総武線下をトンネルのように抜ける道路、その歩道に入ってから、そのメロディは一層音量を上げていく。エコーもより深く。車は一台も通っていない。道を照らす蛍光灯に重苦しさは全くなく、住宅街を外れていく。すぐそこの大きな神社の傍を抜けるトンネルは大雨の時には冠水して、今いる一段上がった歩道、酔いの回った頭でも幻聴じゃあないよな、自分を確かめながらただ歩いていた。



((つづく))
 
[PR]
by kenya-guitar | 2016-08-21 01:27 | 雑記 | Comments(0)

悲しい夫婦



「生まれはどちらなんですか?」

 一年以上ぶりに髪を切るため飛び込んだ初めての美容室。鏡の前に座る私は声をかけられて目を開いた。鏡の中には三十分前と違う髪型の私がいる。いやぁ、世田谷なんですが、父母はもともと東北の出身で、しかも千葉のほうが長いし…見馴れない髪型、ずっと静かにしていたため発した言葉もどこかたどたどしい。美容師の方は修正するように髪の毛を切ってくれている。

「世田谷は私も長い間住みましたけれど、良い場所ですよねえ」

なんてことは無い会話が膨らみ、この歳になると自然に囲まれた場所に住みたい、という私の結論に達した。最近お気に入りの場所は、小高い丘に畑が広がる古い集落。ハクビシンや野ウサギもいるし、野鳥もたくさん。静寂に包まれているようで、賑やかだ。一生そこに暮らしたいとも思う。

「野鳥、って言えばハクチョウがいるの知っていますか?」

ペンギン村から花見川沿い、上流に向かって五kmほどの町、まだ新しい橋が架かっている。瑞穂橋。そこにつがいのコブハクチョウが仲良く住んでいるのは知っていた。昨年の夏から、雪降る冬まで、通るたびに場違いなその夫婦を気にして眺めていた。

「最近、一羽消えたらしくて、ハスノハナ区役所に電話で問い合わせた方がいたんです。どうしたんだと思います?」

ずいぶん暇な人間がいたものだ、でもオレも暇な類の人種だよな、とか内心考えながら、ハクチョウに聞いてくれって言われたんじゃあないですか、と返す。美容師の方は鏡越しに髪の毛を梳かしてくれている。

「それが…」

つがいの片方、一羽のコブハクチョウが近くを走る高速道路の車道に飛来して不時着。大渋滞が起こったらしい。そうなると管轄は道路公団なのか、が捕獲して、どこか遠い場所に放してしまった、と。待ちわびる妻と帰れぬ夫、もしくは待ちわびる夫と帰れぬ妻、のコブハクチョウ。いずれにしても、そのシチュエーションは悲しすぎる。自宅は花見川瑞穂橋の橋の下、の芦原だ。そうでしたか…私は他に何も返す言葉が出せなかった。

 今現在、瑞穂橋にいるコブハクチョウは一羽だけ、だそうだ。だとしたら、その夫婦に私は何をしてあげられるのだろう。明日から、橋の欄干に幸せの黄色いハンカチを一枚ずつ結び付けようか、とも思う。いつか“健さん”ハクチョウが無事に戻ってくる日を祈って。
[PR]
by kenya-guitar | 2016-04-13 22:11 | 雑記 | Comments(0)

新しいシーズン



 四月初旬の週末、ペンギン村駅近くの芝生公園は花見客で賑わっている。まだ明るい夕方、穏やかな晴れの日中よりもやや肌寒い。1kmくらい先の浜辺から流れてくる風が桜の木を撫でては花弁を一枚、また一枚と落として芝の上に散っている。花弁が舞う向こう側ではゴザを敷いた上に若い父母が歓談していて、その向こうにいる子どもたちは皆、楽しそうにボールを転がして遊んでいた。時折、甲高い笑い声がキャッキャと耳に飛び込んできた。ギター講師の仕事も終えた私はそこからやや離れたベンチにひとりで座る。近所のスーパーで買った缶ビールを開けると乾いた音が。少し飲んでから、梶井基次郎の『桜の樹の下には』をふと思い出した。得体の知れない憂鬱、だったか。
 さっきとは別の男の子たち三人がフリスビーを目の前で始める。風に揺られて浮遊する円盤をしばらく眺めていた。一羽のカラスも芝の上に着地する時に黒い翼に風をたっぷりとつかんでいた。

 明るい内のビールは美味いが、酔いの回りも速い。何も考えることなく、ただその公園の風景にしばらく身を委ねていた。この中に溶け込んでいる気はするものの、決して透明人間になっている訳ではないのだろう、と。久しぶりのフロート感で、目の前にある大画面で流れる平和な映像をぼんやり観ている、そんな時間だった。現実味は無いけれども、平和なのは確かな様子だ。

 タバコを一本、煙を眼で追うと、空を這っている雲が視界に入った。キャンバスの上に荒く硬い刷毛で擦ったような雲、上空でも高い層のそれを背景に、低い層では塊になったいくつかの雲が海風に煽られている。うすいねずみ色がゆっくりと流れている。ゆっくりゆっくり、形を変えながら。
[PR]
by kenya-guitar | 2016-04-12 15:50 | 雑記 | Comments(0)

小雨降る2月の日に


「実は主人が去年、亡くなったんですよ…」

60代半ばだろうか、女性は食堂のテーブルを布巾で拭きながら呟くなり、力なくうつむいた。いつから働いていらっしゃるんですか、と私が訊ねたすぐ後の答え。今日みたいな冷たい雨が降る日、精神疾患の方々を就労支援するNPO法人での会話。私はそこで気分障害を抱える方々に、やる気を促せるようギターを教えている。

 先ほどの女性、テーブルの上の手の動きがやや緩慢になると共に、眼鏡がくもった。こういう施設での仕事は、ボランティアに近い上、身体的・気持ち的な疲労も大きい。それでも、ご主人が亡くなってからも女性は気丈に続けたのだろう。
「君みたいな人間でも戴ける仕事なんだから、有り難いんだよ、頑張りなよ…って、主人が言ってくれたから」
最早、私も彼女を直視できなかった。うつむきながら、ただうなずいた。

「被害者は加害者で、加害者は被害者で」
昨日話をしたあるカウンセラーの言葉。ある悩みも、実は前の世代から受け継いだものの反発が起因していて、それを周囲にしてしまう。そして、それを知った自分を責めてまた悩み。だったと思う。
 そういう意味では、さきほどの女性は辛い状況ながらも人様を支えることによって、自らを癒して。ただそれを実直に続けて、一言で健気(けなげ)さを感じた。それを一人一人がバトンタッチしていくことでしか、世の中は変わらないんだ、と思う。

 我が家の近所、葉っぱを全て落とした銀杏の古木、寒々しいのだが今日の午前中に10分くらい立ち止まって眺めていたのを思い出した。

 さて…私も今日やれることをやろうか。
[PR]
by kenya-guitar | 2016-02-22 17:13 | 雑記 | Comments(0)

久々に観たテレビ

 数週間前の話、かなり久々にテレビを観た。Macの長尺のCM、否、映像作品を食い入るように見つめた。ただ引き込まれた。

 こうだ。

 アフリカ系アメリカ人の若い娘、今は亡き父親が生前、自宅に送った手紙とSP盤を偶然、部屋から見つけ出して眺め、当時の父親に思いを馳せる。インターネット通話も、携帯すらない時代、自分の母親へ送った手紙と肉声、同封されたのは軍服をまとった若き日の父親の笑顔、モノクロ写真。年老いた母親の絶望と孤独に満ちた表情がクローズアップされる。それでも家族を想い、心配しないでくれ、と歌った声がただ流れた。no more tears,no more fears…私だったらそう歌うだろう。

 娘はその母親の背中をそっと見つめて、ギターを一心不乱に弾き始める。今まで弾いた事のないギター、を使って。歌いながら表現し始めた。自分の部屋で、どこかの階段で、路上で歩きながら…母親を哀しみを想いつつ悩みながら。

 そして、それをタブレット端末にある録音機能で重ね合わせ、一枚のCDにした。今は亡き自分の父親が当時の母親を想いながら歌った声と、初めて弾いたギターの音と声、美しいハーモニーを作って重ね合わせた。音楽の中に溶け合う想いは、時間軸を超えて、母親へのサプライズのプレゼント。

 それを聴いた母親はただ泣いた。

 極度に発達したテクノロジーは、人々のそういうイマジネーション、思いやりを支えるためにあって欲しい。ただシンプルに。それを映像化しただけだ。きっと時間も言語も、国境も、イデオロギーだって飛び越えられる。

 観た後に私も泣いた。自宅の天井を見つめて。

 その父親は、出征して亡くなったのか…否、違う。誰を傷つけることなく、祖国にただ帰国したはずだ。その願いは、自宅の天井を突き抜けて欲しい。その願いだけが残った夜だった。

 今日の夕方、仕事から帰宅した妻と二人、自転車に乗ってきれいな薄赤紫の夕焼けを眺めた。買い物に行って、眼を細めたような三日月から滴るような、赤い星もオリオン座も。「こんなもの、本当は無料だよ」とか、言いながら。毎日、無料で全世界配信されているのだ。美味い夕食を家族のために作って、昭和ひと桁生まれの義父と、二十一世紀生まれの子供たちとみんなで食卓を囲み。美味い酒飲んで、皿洗いしてから、千葉界隈の酒場でギターも弾けた。私も精神疾患で隔離病棟に入った時期もあった…でも、既に有難いのだ。いろいろな方にお会いできた。

 ただそれだけです。明日も穏やかな気持ちで…。
[PR]
by kenya-guitar | 2015-03-26 04:05 | 雑記 | Comments(0)

black eyes blue

Oh, I never should've trusted you. [Repeat x4]

https://www.youtube.com/watch?v=HNOR36mPtbk
[PR]
by kenya-guitar | 2015-02-26 09:14 | 雑記 | Comments(0)

タイムトンネルを発見…(1)

衝撃の事実…ついに

タイムトンネルを発見




 と書かれたスポーツ紙をキオスクで見て興奮し、勢い余って手にして開くと

                                            …か!?

 の文字が…「えっ!?俺がワープしちゃったの?もうすぐバイトが始まる時間なのにぃ(汗)」。と、キオスク前でたじろぐ私。店番をする老練の女性がしゃがれた声

「はい…140円です…」

 やられた…慌ててポケットから小銭をまさぐり出して渡し、急いでバイトの始業時間に間に合ったものの、着替えのロッカーに当日のそれを忘れて次の日、憤懣やる方なくバイト帰りの電車で眺める。特に、プロレス記事を…というのは若い頃によく経験した。

 前振りがターザン山本並みに長くなってしまったのだが、実は…ペンギン村にタイムトンネルを発見した。だが、これをタイムトンネルと捉えるかどうかはこのblogを読んで頂いている皆さん次第で…。

 何度も話している通り、私の住むペンギン村は東京湾岸、海を埋め立てて造成された40才過ぎくらいの街。小学校時代に育ったのは、ここよりやや東京寄りだ。もちろん、埋め立て。宮台真司先生風に言えば、幻の郊外、と言うヤツで、似たような年齢層、似たような所得層、似たような車種に乗り、皆一様に似たようなファッション、核家族…とにかく相似というよりも合同に近く、似たものが多い。私がこちらに転校してくる前に過ごした町の記憶からすると、違和感があった。

 ではペンギン村の内陸部は、と言うと、エヴァーグリーンな町。
<その辺りは『彩り、光、そしてお社…』 『青い鳥、エヴァーグリーンな町』を読んでください>

 散歩する際、以前は海に向かって歩いた。暑くても寒くても、ただ風や波の音を感じてペンギンヶ浜に沿って歩くと、海鳥の啼く声、その日によっては透きとおった青空にたゆたう雲も眺められる。ただ最近、なんとなく不思議と内陸の方に向かって歩く。親しい詩人の言葉を借りるとすると、歪んだ空間と時間との結節点、が、どこにあるのかを確かめたいからなのだろう。
 単純に言えば野鳥観察が好きなため、春の香り、梅の花に戯れるメジロや、悠々と舞うゴイサギ、誇り高くただ遠くを見つめるツグミ、渋格好良いジョウビタキの姿を拝みたい。浜辺で潮風に打たれるよりも…それだけだ。


((つづく))
[PR]
by kenya-guitar | 2015-02-24 01:16 | 雑記 | Comments(0)

かみさま、おしゃかさま…

 朝早めに起きて、風呂を温め直す。昨夜、義父を筆頭に家族が浸かった湯舟はさして汚れてもいない。ゆっくり浸かった後、風呂場中よく掃除した。そして夕方、妻や子供達が帰宅してまた湯舟に湯を満たし、次の朝また私が同じ事をする。すっきりとさっぱりと、綺麗に風呂が使えているのは、家族間でその生活の循環がイメージとして可視化されているからであり、そこから本当の思いやりや感謝が生まれるのだろう。だから私のような無生産階級に近い人間の居場所も生まれる。

「あんたはね…屋根とあたしがいることに感謝しなさい!!」
「これ以上、あんたを許していたらね…あたしゃ、神様かお釈迦様よ!!」

 仰る通り、かみさん、じゃなくお釈迦様。

 話は逸れたが、風呂上がり玄関を出て空を見上げた。柔らかい陽光、透きとおった水色の空、雲がゆったりと流れるのを感じながら、煙草の煙をすうっと吐いた。短い時間で消えてはまたすぐに浮かぶ煙草の煙。長い時間をかけて消えてはまた浮かぶ雲。川は雨になって海に流れ、再び雨雪になって大地を潤して、長い年月をかけ土の中を彷徨って、きれいな水として湧き、生命を潤す。嵐の日もあるだろうが…。だけど、さっき話した循環が世界にただ広がりゃ良いだろ…思わず、俯いた。

 外部リンクに貼ってある田口ランディ先生のブログ。それでだいじょうぶ…ただそれだけで。ぜひ読んでください。
[PR]
by kenya-guitar | 2015-02-19 12:52 | 雑記 | Comments(0)

彩り、光、そしてお社…

 私は幼い頃、絵を描くのに夢中になっていた。
 旧中山道沿い、埼玉の中心部にある古い神社の真ん前、美術大学を目指す受験生向けの美術予備校が開く、子供たちのためのアート教室。三才から小五まで通った。

 古い町に行くと、そういう美術予備校や布団屋、呉服屋や人形屋、材木屋、画材屋、武道具専門店、古本屋などを探して歩いてはその町に住む人々の呼吸を感じて、思わずほっとする。一言で「生活感がある」町並み。最近はそういう個人経営の店舗がシャッターの降りた、しもたやになってがっかりさせられる事が多い。モータリゼーション、なんて言葉も死語として感じられる昨今、交通量の多いバイパス沿いにある郊外型のショッピングモールにそれらの供給機能は集中している。実父の岩手にある故郷も全く同じ…と言うより、日本全国そこかしこが似た様な町並みになっている。それでもそのショッピングモールで飛び交う言葉には地方ごとの訛りがあり、そこに温もりを感じて、これまたようやくほっとする。

 話は戻って、浦和の美術予備校、未だ存続しているのだろうかと気になってインターネットで検索してみると…あった。
 水彩油彩の絵の具が溶けた排水口の匂い、それと題材に使うリンゴやバナナが時間を経て放つ甘ったるい香り。濃いブルーのタイル張りの外壁が残っている建物を画像で見た瞬間、それらがミックスされて不思議と浮かんだ。「幸せの黄色いハンカチ」無数の黄色いハンカチが風にひらひらと靡くのを発見した時に流れたメロディが流れた錯覚も。高倉健と武田鉄矢、桃井かおりが車の中から眺め、生きる希望を確認して安堵したあのシーン。

 それでもって思い出したのは、その美術予備校一階の画材屋で店番をする老夫婦の穏やかな笑顔。確か校長先生夫妻だったと思う。土曜日の小学校から昼に帰宅して、午後のアート教室に入る前、必ず立ち寄って、多種多様な絵の具を眺める私を可愛いがってくれた。35年前の話。

 絵を描いた後、弟と二人、自宅の団地へ歩いて帰る。市街地の中心部から、畳み張りの待合室のある掛かり付けの小児科、同級生の親父の工務店と駄菓子屋の前を過ぎ、「チカンの森」の坂を下って「たまご文庫」を過ぎた神社の前。春先、帰り道にある農業用水路は生活排水もあって汚れていて「どぶ川」と呼ばれていた。道具はほったらかし、二人手づかみでザリガニ捕り、マッカチン探しに興じていると、ベレー帽を被ったおじいちゃんが通りすがり、我々に話し掛けた。

「坊や達は絵を描いているのかい?」

 丸刈りの小学生、我々二人は無邪気に「うん」とか答えたろう。

「絵の道具は大事にしなさい」

 そう厳しくたしなめられ、捕まえたザリガニを片手にぽかんと口を開けて…頬っぺたには、どぶ川の泥がはねて残って。それでも春先のマッカチンは両手のハサミを黙って動かしていて…その臭いも思い出した。


 先日、NHKだったか、戦前に絵描きが特別高等警察に拘束されて尋問されたドキュメンタリーを、当時の方々(生存者)のインタビューを交え放送していた。尋問なら未だしも…小林多喜二の件もあった時代。ドイツだとユダヤ人作曲家はアメリカに亡命したり。亡命した科学者は優遇されたのだろうが、その後…。

 保身のために、嬉々として権力行使に躍起になっても、価値観が反転すればどうなるか。そして反転した勢力が権力を手にして…諸行無常だ。

 私の子供時代に絵を描く営みを支えてくださった方々。美術予備校の校長先生夫妻、ベレー帽のおじいちゃん…今、生きていたらおいくつなのだろう。貧しく困難な時期、色彩を失った世の中でも、表現する事に気丈に真摯であり続けたのは想像に難くない。だからこそ、丸刈りの幼い兄弟に向けてくれたあの方々の微笑みなのだ、と。生きていたらお話を伺いたいものだ。

 あの記憶は1980年くらいか…ただ純粋に、自由にのびのびと創作したり、身体を動かしたり。その有り難みを噛み締めたい。
[PR]
by kenya-guitar | 2015-02-05 19:46 | 雑記 | Comments(0)


ギタリスト鈴木健也の雑記帳


by kenya-guitar

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

プロフィール
スケジュール
KENYA MUSIC
ギター
演奏日記
雑記
小説

最新の記事

2017年4、5月の演奏予定
at 2017-04-22 19:29
2016年12月の演奏予定
at 2016-12-15 17:16
変更の追加のスケジュール
at 2016-10-20 23:54
そうだ!!ウクレレ・ギター教..
at 2016-10-08 23:22
2016年10月の演奏予定
at 2016-09-28 15:09

画像一覧

以前の記事

2017年 04月
2016年 12月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 04月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2013年 06月
2013年 05月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月

外部リンク

フォロー中のブログ

田口ランディ Offic...
森のことば、ことばの森
dezire_photo...
世に倦む日日
ペンギン村 村営ハナモゲ美術館

最新のコメント

引越し屋さん パソコン..
by kenya-guitar at 18:37
演奏予定をアップ願います..
by msakai3939 at 13:04
こんにちは。 スペース..
by つねさん at 07:36
いしあき 様 京成..
by kenya-guitar at 13:02
shushi さん ..
by kenya-guitar at 01:51
お疲れ様です。5年半使え..
by Shushi at 13:42
kiyo さん コ..
by kenya-guitar at 09:24
カメムシさん コメ..
by kenya-guitar at 00:28
shushiさん ..
by kenya-guitar at 23:39
Risperidone ..
by shushi at 21:45

最新のトラックバック

梅雨にも似合う気品ある紫..
from dezire_photo &..
オスマントルコ帝国の栄光
from dezire_photo &..
ローマ帝国・ビザンチン帝..
from dezire_photo &..

メモ帳

ライフログ

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

音楽
創作小説・詩