「ほっ」と。キャンペーン

馬鹿な女

〈猫なで声(名)〉やさしく相手のきげんをとるような声。

「健也さん、私の事…嫌いでしょ?」

とある繁華街、外国人のたまり場になっているBARで向かい合った席に座ったアグネスは唐突に、しかしゆっくりと私に切り出した。声帯が腐っているのではないか、と疑いたくなる甘ったるい猫なで声。本人は頑なに年齢を隠しているが、五十にもなろうという女が出す声ではない…その声自体で私の周りの連中は生理的に受け付け難い嫌悪感をもよおした。普段からJanis Joplinを聴いている様なその連中にとって、一見清純無垢を装ったアグネスの゛カマトトぶりっ子゛の声は受け入れられない周波数だった。しかも白人系の外国人目当てのニンフォマニア…ロシア人、アメリカ人、そして今度はサックスのオーストラリア人Gregoryに手を出した。私の知っている限りで三人。

「どうして?別に嫌いじゃあないですけど」

ダッチワイフ、toilet bowl、させ馬鹿、慰安婦など、外国人連中からありとあらゆる汚ならしい陰口を叩かれながらも、アグネスはそのBARにバブル期に取り残された様なファッション、パンツが見えそうな丈のミニスカートのワンピースでやって来ては男を漁っていた。イタイ女、簡単に言うと周りは皆そう見ている。

「アグネス、って…お子さん二人いるんでしょう?専業主婦で…」

私は質問をはぐらかして切り返すと、アグネスの顔から一瞬血の気が失せた。赤ワインのグラスを持つ手が微かに震える。

「だ…誰から聞いたんですか?」
「いや、Gregoryから…普通に皆に話してましたよ。アイツとヤっちゃった、って事も話していたし…」

アグネスの視線がそのBARの店内を泳いだ。今夜はGregoryがオーストラリアに帰国するフェアウェルパーティー。もちろんGregoryもサックスを演奏するバンドが盛り上がり、日曜日の0:30を過ぎても外国人を含めて20人以上の客がいた。
私はアグネスがこのBARに現れたのをふと思い出していた。昨年のハロウィンの仮装パーティーの前、と言っても私自身Gregoryに誘われて連れて来られて日が浅かったが。アメリカの昔の女優が着る様な背中が大きく開いた純白のワンピースを着て、アグネスって呼んでください、と誰憚る事なく宣った時、否その前から私の中では強い境界線を作っていた。真っ白いカーディガンに黒のミニスカート、ブーツ、ぱっと見たところ年齢が不詳なのに加えてファッションがバブル期でストップしている。その上、ロックBARで強引にジャズを歌おうとする、あの猫なで声、調子外れの音程でだ。時間と空間に適応出来ない勘違いしたヤバい女の印象、それが私の中で拭えきれなかった。ほどなくして外国人連中から、アグネスがその界隈の外国人がたむろする酒場では有名なニンフォマニアだと知らされた。

「それは…私はGregoryの事が本当に好きなんです」

お前が好きなのはGregoryじゃなく、ただのsexだよ、皆がみんなそう思っているし実際そう振る舞っている。

「それでも子供二人いて専業主婦なのは事実でしょ?」

私が答えると、アグネスは軽く声を荒げた。

「プライベートな事は言わないでください。みんなに聞こえちゃうじゃあないですか」
「ここにいるお客さん達知っていますよ。Gregoryが皆に言ってたから…アグネスは専業主婦で中学生くらいの子供二人いる、って」
「だから…プライベートの事は言わないで。みんなに聞こえちゃう。誤解してます。やっぱり私の事、嫌っているでしょ?」

お前はタレント気取りか?どうしようも救い様が無い馬鹿な女だ。プライベートな事だから言って欲しくない、のではなくて、自分がしている事の後ろめたさを思い出したくないから言って欲しくないのを自分で分かっていないのだ。自分のオマンコの事しか考えていないのがよく分かった。別に私はアグネスの貞操観念やモラルを云々する資格など持ち合わせていない。旦那と子供達に隠れてやりたいなら誰とでもやりゃあ良いし、オマンコが好きならそれで良い。あっち行ってやってくれ、ってだけだ。それにお前の事が別に嫌いでもない、好きでは全く無いが…そんな風にしつつも私はただ純粋な乙女で、プライベートは秘密で、って振る舞っているお前みたいなのが同じ生物だと思うと吐き気がする。何種類もの油絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて出来たどす黒いものが酸っぱい胃液に混じって出てきそうだ。でもお前のやっている事は別に法に触れた犯罪でも何でもない。許されるか許されないかは個人個人の裁量次第ってヤツだ。そんな世の中の空気を吸って生きなきゃならない自分の嫌悪感を掻き立てられるのだ。ただそんなお前をこのまま浮き世に泳がしておいて、あぁぁ、やっぱりな、とか、それがどういう行く末を辿るのかを楽しみにしている残酷な気持ちもあるんだ。それを鳩ぽっぽ以下の脳ミソしか持ち合わせていないお前に理解させてやるのが不可能だと判断したから、別に嫌いではない、そう端的に言ったまでだ。

「ちい姐さんに言われたんですけど、私はもうジャズのジャムセッションでは下手だから歌いません。でも健也さんはジャムセッションを続けていってくださいね」

くださいね、の語尾のところ゛ね゛で上がった。懇願のイントネーションだ。何でお前にそんな事を頼まれなきゃいけねえんだよ、とは思いつつ、最後の最後まで良い子でいたいアグネスの態度に虫酸が走る。お前は何か?泣いた赤鬼か?この場所に居たかったけど皆のために犠牲になって居なくなる、そんな恩着せがましい言いっぷりじゃあねえか。コイツはバブル期に良い思いをし過ぎて思考停止した゛聖子ちゃん゛なのだ。そりゃ、お前だって客だから店主のちい姐さんはやんわり言ったろうよ。でもそれはみんな思っている。そんなに音楽やりたいなら費やすエネルギーの矛先を考えろ。
私はアグネスと向かい合った席に居るのに疲れて、カウンター席に一人立つとアグネスは追いかける様にやって来たが無視し続けた。

「やっぱり…私の事、嫌っているでしょ?」

いつまでもおめでたい女だった。まずは『14才からの哲学』でも読んで自分を見つめ直そうよ。前頭葉を使って…。
[PR]
by kenya-guitar | 2012-07-25 15:28 | 雑記 | Comments(0)


ギタリスト鈴木健也の雑記帳


by kenya-guitar

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

プロフィール
スケジュール
KENYA MUSIC
ギター
演奏日記
雑記
小説

最新の記事

2016年12月の演奏予定
at 2016-12-15 17:16
変更の追加のスケジュール
at 2016-10-20 23:54
そうだ!!ウクレレ・ギター教..
at 2016-10-08 23:22
2016年10月の演奏予定
at 2016-09-28 15:09
自然に産まれたメロディ (2)
at 2016-09-27 14:44

画像一覧

以前の記事

2016年 12月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 04月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2013年 06月
2013年 05月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月

外部リンク

お気に入りブログ

田口ランディ Offic...
森のことば、ことばの森
dezire_photo...
世に倦む日日
ペンギン村 村営ハナモゲ美術館

最新のコメント

こんにちは。 スペース..
by つねさん at 07:36
いしあき 様 京成..
by kenya-guitar at 13:02
shushi さん ..
by kenya-guitar at 01:51
お疲れ様です。5年半使え..
by Shushi at 13:42
kiyo さん コ..
by kenya-guitar at 09:24
カメムシさん コメ..
by kenya-guitar at 00:28
shushiさん ..
by kenya-guitar at 23:39
Risperidone ..
by shushi at 21:45
shushiさん ..
by kenya-guitar at 08:54
返信有り難うございます。..
by shushi at 10:34

最新のトラックバック

梅雨にも似合う気品ある紫..
from dezire_photo &..
オスマントルコ帝国の栄光
from dezire_photo &..
ローマ帝国・ビザンチン帝..
from dezire_photo &..

メモ帳

ライフログ

検索

タグ

人気ジャンル

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

音楽
創作小説・詩